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09/11/2009 訪ねてみたい地図測量史跡最近少々忙しくすっかりブログ更新が滞っていたが、久しぶりにまた面白い本を購入したので紹介したい。 同書は国土地理院に勤める筆者が、地図とは切っても切れない関係である『測量』に関しての史跡を全国津々浦々に渡って紹介しているものである。北は北海道、南は沖縄まで 106 点に及び、さらに『海外・全国編』として 10 点を収録している。 冒頭にもあるが、測量と言う地図の根本をなす極めて重要な世界にもかかわらず関連史跡は比較的少なく、どちらかというと過去の偉人達の墓が多くなりがちだということである。しかし、それ以外の測量や地図に関連するさまざまな史跡を紹介している貴重な書籍である。 なぜこの分野での史跡が少ないかと勝手に考えるに、我々庶民にとっては測量結果である地図は身近であるが、どのようにして測量され地図となっていくのかというのは現代社会においてもなかなか馴染みのないものである。専門の知識と道具を必要とし、さらに『お上』が行う作業は特に昔の時代に於いてはむしろ近づけない世界だったのではないだろうか。 ましてや、地図を製作する国家機関である現在の国土地理院の前身は陸軍である。当時作成された地形図などは『秘』などと書かれ、軍事用の貴重な資料として『お上』が独占していたのである。いかにも役所がやりそうなことである。こんな状態では功績を称える史跡はなかなか作られなかったのも止むを得ないのではないだろうか。 私は GNR なんぞでさまざまな近代化遺産を追いかけているが、その際欠かせない資料が旧版地形図である。もちろん国土地理院が発行しているが、高い!! 高すぎる!! そもそも税金により測量し、その成果である地図を納税者が手に入れるのになんで 1 枚 500 円も取るかと。 しかも、その地図は画像ファイルとして電子化されているものであり、紙にコピー(役所では謄本というローカルルールがある)してもらうのである。個人的にはコピーの人手とか用紙代とかを考えれば早く Web で公開し自由にダウンロードできるようにして欲しい。紙で欲しい人だけが今まで通り購入すればよい。しかも平日 9 時~ 17 時しか購入できないなんて、今時いかがなものかと思う。 さらに言えば、国土変遷アーカイブと称して同院管理の航空写真も公開しているが、解像度の低さには辟易させられる。私のように過去を調べるサラリーマンにとって Web により無償で閲覧可能であることは称賛に値するが、解像度が低すぎて実用性は今一歩と言わざると得ない。 なかなかあり得ないと思うが、もしも国土地理院の偉い人がこれを見てくれるとしたら、自分達の仕事に誇りを持つだけでなく、どうすればその費用を負担している納税者が求めるサービスに応えられるかを真剣に考えて欲しい。 07/10/2009 日本国有鉄道百年写真史廃線跡や旧道及びその他の産業遺構を追いかけている私はプチ資料オタク(かなり鉄道系に偏っているが)でもある。そしてまた最近新たな資料を手に入れた。毎度のごとく東京は神田神保町の鉄道関係の古書が充実しているいつもの古書店を物色中に発見したものである。それが今回取り上げる『日本国有鉄道百年写真史』である。ちょっと注意が必要だが、『百年史』ではない。
これは全部で 10 数巻に及ぶ『日本国有鉄道百年史』から、その名の通り写真を主体にダイジェスト版としてまとめたものである。ダイジェストと言っても 100 年分なので 400 ページを超すなかなかのボリュームである。この本もかねてより存在は知っていたが例によってなかなかのハイスペック価格であったため二の足を踏んでいた。上に紹介しているリンクは 2005 年に出版された復刻版であるが、\21,000 となっている。おいそれと買えない。ちなみにオリジナルは 1972 年の出版である。 では何故入手できたかというと、古書店で復刻版ではなくオリジナルを発見したのだが、発行年がその古書店からすると大した『古書』ではなかったのと、カバーがボロボロであったこと等が原因と思われるが、破格の \2,100 で販売されていたためである。正直目を疑ったが確かに値札にそう書いてあったので店の主人の気が変わらないうちにとそそくさと購入と相なったわけである。 当ブログでもいくつかの古書を紹介してきたが、度々通っているとこのような掘りだし物に当たることもあるのだとつくづく感じた。筆不精なため、まだまだ紹介していない古書(または復刻版)もあるので今後も少しずつでも紹介していきたい。 そして、手に入れた資料も GNR での調査報告書に少しでも生かしていきたい。 08/09/2009 日本列島地図の旅最近買った本の紹介である。地図をちゃんと読めないが、GNR などと地図を使って少々遊んでいる身としては読み物として非常に面白い本である。 上のリンクは Amazon を利用しているが、何故かご覧の通りサムネイル画像があったりなかったりバラバラである。大体商品ページがあるのに画像がないというのは私には理解ができない。素直に『なんでやねん』と言っておきたい。 愚痴はさておき、同シリーズはなんと上記の他にも『続々』まで出版されており、人気のようである。内容としては作者が訪れた全国のさまざまな場所について主に新旧の地形図を紹介しながら地勢や簡単な歴史や筆者ならではのその土地に関する想いを綴っているものである。 よく地図を掲載する書籍では肝心の地図が小さくて、せっかくの地図が意味を成さない場合も散見されるが、本書では場合によっては見開き 2 ページの全面ふちなしで地図を掲載しており、それらの地図を眺めるだけでも新たな発見があって楽しい。 一冊 \2,500 の大枚をはたいて上記 2 冊を買ったのは上のほうは地図の読み方のうんちくがわかりやすく、そして面白く解説されていたのが第一。それから『続』のほうは GNR でも以下の調査報告書などで紹介している北海道の鉄道による狩勝峠越えに関することが取りあげられていたからである。 この報告書より後に以下のような現地調査をして再度自転車で旧線跡の狩勝峠を訪れたが、その時の様子はいずれ調査報告書として公開していきたい。とは言っても遅筆であるためいつになるやら、という状況なので国道 38 号線の狩勝峠からみた根室本線旧線跡を見下ろす雄大な眺めをパノラマでお楽しみ頂きたい。かつてこの風景のど真ん中を機関士の必死の運転により蒸気機関車が喘ぎ喘ぎ峠を越えていたのである。自転車でもその 25‰の勾配は膝まで雪が残っていたこともあるが、なかなかしんどいものがあった。その旧線跡がお分かりになるだろうか(クリックで大きな画像を保存したフォトアルバムに移動)。 なお、このパノラマ写真は Microsoft Image Composite Editor で作成した。このツールを使っている日本人はそうはいないと自負しているが。
18/08/2009 鉄道碑めぐりここしばらく当ブログの更新を怠けていたが、その間にまた新たな本を手に入れた。今回は以前紹介した日本の鉄道碑と非常に関係がある本である。その名も『鉄道碑めぐり』である。
この本は『日本の鉄道碑』の著者が述べているとおり、まさに鉄道碑についてまとめられた草分け的な存在であり、『日本の鉄道碑』はその補遺的なものと位置づけられる。しかし、この『鉄道碑めぐり』は上のリンクにもある通り1962 (昭和 37) 年発行という古書であり、一般の書店や Amazon では入手が難しい代物である。 いつかどこかで入手できたらいいなぁ、などとのほほんと思っていたが東京は神田神保町の古書街を訪れた際に発掘した。この本を探しに行ったわけではなく一通り古書店の本棚を凝視していた時に偶然見つけたのである。というより私の場合、古書は概ねそのようなスタイルで発見、入手している。 一般に鉄道碑というとどのような印象を持たれるのか分からないが、私の場合は開通記念の類と殉職の類が真っ先に浮かぶ。この『鉄道碑めぐり』でも殉職碑や慰霊碑に重点が置かれているようである。著者も述べているが、このような類の碑は往々にして時の経過とともに世間から忘れられ、草むらに没し、訪れる人もいなくなる場合も少なくない。 同書ではこのような碑を訪ね記録し、不幸にして犠牲となった方たちへの弔いとしたいとある。私も個人的に GNR なんぞで鉄道関連(だけではないが)のさまざまな場所を調査に訪れるが、このような石碑を偶然目にすることもある。私のように鉄道構造物に興味を持っていると、隧道(トンネル)の付近や駅付近に石碑に気が付くのである。しかし、そこに書かれた文字が達筆過ぎて私のような浅学者では何を示す碑なのか分からない場合もある。従って、このような本は私にとっては現地を訪れる前の予習や偶然見つけた碑の復習(把握)に大いに役立つものである。 鉄道における殉職碑には大きく路線そのものや構造物の工事中の事故及び列車運行中の事故が考えられるが、前者については先に述べたように例えば隧道建設工事であれば、坑門付近等にある場合が多いと思われるし、後者の場合は事故現場や付近の寺社等にある場合が多いようである。また、後者については碑の存在によって事故を知るというアプローチと以前紹介した重大運転事故記録・資料という本より事故そのものの記録からのアプローチがある。しかし、前者の場合は包括的にまとめた史料はなかなか存在せず、各工事の建設誌等を探らなければならない。 これまで、私のメインサイトである GNR においてあまり碑に着目してはいなかったが、これからはもう少しこれらの碑にも目を向けていきたい。 24/07/2009 諏訪鉄山と鉄山鉄道(再掲)以前『諏訪鉄山と鉄山鉄道 - Windows Live』という記事を書いたが、その後『GNR- 第四次山梨・長野計画』と題してその他の対象も含め現地調査を行った。この諏訪鉄山の概略については以前の記事を参照願いたいが、太平洋戦争終結まで鉄の増産という国策によって運営されたこの鉱山が存在した茅野市ではその歴史に注目が集まっている。 茅野市八ヶ岳総合博物館では 2009/07/18 ~ 2009/10/04 で企画展『諏訪鉄山』が開催されている。諏訪鉄山について調査を行っている私としては、この催しを知ってしまったため訪れないわけにはいかないということで、早速見学に訪れた。それは『GNR - 第一次長野・岐阜計画』(※整理中のため後日公開予定)と題打って行った現地調査の一環としてである。 ここではその内容を細かくは紹介しないが、かつて採掘拠点より 10km 以上にわたって架けられた索道に取り付けられ、鉱石を運搬した『ハンキ』と呼ばれたバケットの現物も展示され、個人的には見応えのあるものであった。そのハンキとはこのようなものである。個人的には『搬器』が由来と考えている。
このハンキ 1 台で 0.5t の鉱石を運搬したのである。その後タイトルにあるように鉄道で現在の JR 東日本中央本線茅野駅を経由し京浜工業地帯まで運ばれ鉄として精製されたのである。 ちなみに、この企画展の見学は入場無料なので諏訪鉄山について興味のある方は是非ご覧頂きたい。そしてぜひ、わずかに残る諏訪鉄山の痕跡を現地で見て欲しいと思う。現在この企画展に合わせて主な遺構には案内板も設置されている。その代表例として戦前最大の採掘地であった『石遊場(いしやすば)』に残るホッパーの遺構を紹介したい。当時は『万石(まんごく)』と呼ばれていた。
また、冒頭で紹介した過去のブログ記事の中で触れた書籍『諏訪鉄山』についても改訂版(第四版)が出版されていることをこの企画展で知った。さらには八ヶ岳総合博物館で販売もされていたので早速購入した。
この書籍は新たに入手された情報が追記され今後の改定も期待できる非常に有益な資料である。こちらもぜひあわせてご覧頂きたい。これらの書籍での情報や現地調査の結果は取りまとめた上で GNR にて紹介するつもりであるが、例によって遅筆であるため気長にお待ち頂きたい。 しかし、本記事のジャンルは本当に『本』でいいのだろうか。ジャンルの再整理及び細分化が必要かも知れない。。。 05/07/2009 古レールの駅デザイン図鑑私のメインサイトである GNR において最近はもっぱら古レールの再利用による鉄道構造物めぐりを調査報告書として公開しているが、なかなかまとまった休みが取れないサラリーマンにとって駅のホーム上屋を代表としてよく見かける古レールの探訪は、気軽に楽しめる上に生きた産業考古学のような知的な好奇心をそそる宝探しのようなものでもあり非常に楽しい。 なお、古レール以外のジャンルの調査報告書は現地調査にはあちこち行っているものの、ただ単に私の遅筆により公開が遅れているだけでもある。 ところで、『古レール』で何が楽しいのだと思われる方もおられると思うが、実はこの古レールは我が国に鉄道が初めて導入された明治 5 年より現在まである意味現役として脈々と続く息の長い工業製品なのである。 かつて鉄は非常に高価で貴重なものであり、また現在のような汎用性の高い型鋼も登場していなかったため、摩耗して線路として使えなくなったレールは現在の H 型鋼に断面特性も近いこともあり、古くから構造部材として盛んに再利用されてきたのである。 冒頭にも書いたように代表的なのは駅のホーム上屋を支える柱や梁として、また跨線橋や人道橋さらには道路橋にまでその範囲は広がっており、その気になって見なければ気が付かないような細かいところに使われていたりもするのである。 そのような古レール構造物のうち最もメジャーとも言えるホーム上屋について取りあげた書籍がついに登場した。それが『古レールの駅デザイン図鑑』である。 早速本屋でまずは立ち読みをさせて頂いたが、美しい写真とともに古レールの架構を形状ごとに分類し、それぞれについていくつかの駅で実例を取りあげておりなるほどまさに『図鑑』である。また、現在は既に撤去され存在しないものも紹介されており貴重な資料でもある。 というのも、画像すらキーワードで検索できるようになった今日でも鉄道それもとりわけ駅についての写真は当然駅舎に比重が置かれ、また鉄道車両にも押され、ホーム上屋等はなかなかお目にかかれない。つまり、どこの駅に古レールが使われているかは先達の公開情報か、現地での確認となり意外に情報収集に手間ヒマがかかるのである。 個人的には 第一次筑豊・北九州計画 - Windows Live として、自分の故郷の駅に古レールが使われていたのを現地で改めて知って感激したが、その駅(JR 九州筑豊本線直方駅)も紹介されていたのが非常に嬉しく感じた。 また機会を作ってもう一度中身を見て購入を考えたいと思っているが、いつかは GNR も図鑑と言えるくらいの物量を達成したいとも思っている。なお、当ブログの右側の『ブログリスト』にも載せさせて頂いている『我が人生の垢』では関西を中心に既にその域に達していると言える古レールの紹介記事量があるのでぜひご覧頂きたい。 01/07/2009 私鉄の廃線跡を歩く当ブログの左側の『ブックリスト』にも掲載しているが宮脇俊三氏編集の『鉄道廃線跡を歩く』シリーズ(全 10 巻)がその筋ではバイブルとも言えるほど非常に有名であるが(ちなみに私は全 10 巻全て購入した)、残念なことに同書は第 10 巻を以て完結ということで続編がない。またさらに残念なことに宮脇氏も既に故人となった。 全国津々浦々に張り巡らされた我が国の鉄道網において、残念ながら廃止となって過去帳入りとなった路線は数多く、私も GNR で実践しているように近頃の鉄道趣味のメジャー化と共に廃線跡を訪ねる者も多いようであるが、まとまって廃線跡を紹介している書籍は『鉄道廃線跡を歩く』シリーズの他にはなかなかないのが実情と言えよう。 そんな中、同書の補遺的な位置づけとも言えるようなものが『私鉄の廃線跡を歩く』シリーズである。
同書は全 4 巻構成となっており、以下のように地域により分類されている。
ご想像通り取りあげられる各廃線は手短に纏められており、『鉄道廃線跡を歩く』シリーズよりは少々あっさりとした仕上がりであるが、私鉄に特化して全国広く浅く取りあげている点と、『鉄道廃線跡を歩く』シリーズの後の比較的最近の情報を補完すると言う意味でも有益な書籍である。 北海道からシリーズがスタートしていることと、過去に北海道について以下のような現地調査を実施した私としては、とりあえず上で紹介している第 1 巻を先日購入した。
とりあえずこの第 1 巻で特に重要視しているのは北海道拓殖鉄道である。第一次及び第二次北海道計画において新得は訪れたが同鉄道についての現地調査はまたの機会に譲ったため、事前の机上調査としては現役時代の写真等もあり非常にありがたい。 いずれは全 4 巻とも購入し、少しずつ制覇していきたい。 13/04/2009 世界に誇る日本の建造物 現代日本を創ったビッグプロジェクト今回は知人に教えてもらって、しかも借りて読んでいる本の紹介である。 私のように近代化遺産とも言える観点でさまざまなジャンルの構造物を現場で鑑賞し、心を躍らせ、そしてそれを一人でも多くの人にも知ってもらいたいと思いから GNR のようなサイトを立ち上げている人間にとって、そのような構造物を取り上げている書籍の存在はいくつか知ってはいたが、あまり多くは購入してはいない。実際に購入したのは以下のような書籍のシリーズくらいである。 あまりあれこれと購入しなかった理由は、そもそもあまりどんな書籍があるかを追いかけきれてないというのもあるが、どちらかというと取りあげられる対象物が私の興味とあまり合致しないイメージが多かったのが最大の理由である。 一般的に書籍で取りあげられることが多いのはやはり土木構造物ではなく建築物であるという印象がある。さらに、うまく言えないが何となく『文化臭』の漂う対象物を取り上げている場合が往々にしてあるように思える。 もちろん、そのような対象物を悪くは全く思っていないし大変貴重で意義深いとは思うが、ぜひ現地でこの目に焼き付けたいとはあまり興味がそそられないのである。単純に個人的興味と合わないだけである。GNR ご覧頂けるとお分かり頂けると思うが(内容が貧弱なため分かりにくいかも知れないが)、どちらかというと私の対象は土木あるいは産業寄りである。 どう表現したらいいのか自分でもよく分からないが、私の興味の対象は簡単に言えば『ようこんな所にこんなもんこさえたな』のようなものかも知れない。有史以降の物流の基本である『道』、近代化以降の物流の要であった『鉄道』、日本の経済発展に寄与した『鉱山』。それ以外のさまざまな土木構造物。そこには時代背景や名もなき多くの人の思いが染み込んでおり、それを分からないにしても感じてみたい。また私が少々地図好きであることから、やはり地形図等に残る地形との格闘の歴史を各種構造物を通して肌で感じたいのだとも思う。 そして、知人より以下の書籍を購入したとの連絡を受けた。私自身存在は知っていたが、そのうち書店で見てみようかなという程度に思っていたが見せてもらった結果、非常に面白く読めた。また、分かる人には分かると思うが表紙に取りあげられているのは、私がこのような趣味に本腰を入れるきっかけとなった碓氷第三橋梁である。 同書は古いものから新しいものまで日本が誇るべき建造物を 500 件ほど取りあげている。この数量であるため、特別に取りあげたもの以外は簡単な説明に終始しているが私にとってはちょうどよいのである。つまり、興味のあるものは自分で調べればよいのである。同書では以下のようなジャンルでこれだけの数をさばいている。
これほど私の興味にドンピシャのジャンルを網羅した書籍はないと思う。もちろんこれだけ多くのジャンルでは 500 件というのは『ビッグプロジェクト』として絞り込まないと果てしない数の対象物が存在するので、ここで取り上げられた建造物は主だったものである。しかし、ここから私のように興味のあるものや関連するものを調べていくにはとても参考になる。 さらに地図好きとしては 500 件全てについて、緯度経度情報が付記されているのが興味深い。これはこれまでありそうでなかったのではないだろうか。また巻末には全件を地図にプロットもしている。私のように地形図や GPS やオンライン地図に興味のある人間にとっては、このような緯度経度情報が掲載されているというのはそれだけでもポイントが高い。なぜならこれらの建造物は往々にしてどこに所在しているかが分かりにくい場合がある。住所や地番では表しにくい場合も多い。『○○群字□□地先』と言われてもどこやねん、それとなる。 今後少しずつ同書の 500 件の場所については日頃利用している Live Search Maps のコレクション機能でプロットして GNR にてご紹介できたらと思う。結構なボリュームなので気長にお待ち頂きたい。完成イメージとしては例えば以下のようなものである。 17/02/2009 鞍手郡誌(昭和 9 年発行版)またまた本の紹介である。というより散財の記録とも言える。現在私は都内に在住しているため時折いわゆる古書街である神田神保町へと向かう。お目当てのお店は決まっていて、鉄道関係の古書の豊富なある二軒の書店を巡回している。 通な方ならお店の人にいろいろ聞いたり、お目当ての本の入荷のお知らせをお願いしたりするのだろうが全くの古書店素人である私はひたすら店で探すのみである。それもまた苦しくも楽しいものである。 今回購入したのはタイトルにもある通り『鞍手郡誌』である。そしてタイトルにもある通り昭和 9 年発行のものである。かなり古い。しかも復刻版ではない。ハッキリ言って紙もかなり『風化』している。されどこの古さは売れてしまったら再びお目にかかるのはいつになることやらと不安に感じ \18,000 というこれまた大いに悩める値段に悶々とすること数十分、ついに意を決して購入した。発行は『鞍手郡教育會』とのことである。ちなみに国立国会図書館で検索すると復刻版は \12,000 という表記があった。うーむ。 ところで、『鞍手郡』とは我が故郷福岡県のとある郡の名称である。そして私の育った現直方市はかつて昭和 6 年までその鞍手郡に属していたのである。さらに余談だが私が住んでいたのは現直方市植木と呼ばれる地区であるが、ここはさらに昭和 30 年まで鞍手郡であり最後に直方市に編入されたのである。 従って、私のように鉄道を切り口として我が国の近代化の痕跡を追おうとする者にとって、特に直方市植木周辺となると『筑豊炭礦誌』と共に重要な一時情報源となり得ると判断し今回も懲りずに散財を決意したのである。あとは『直方市史 補巻(石炭鉱業篇・直方石炭鉱業史)』があれば鬼に金棒だと思っている。しかしこれまたお金がかかる。。。
具体的に例えば何を追っかけているかは次のリンクをご覧いただきたい。これらはゆくゆく私の本サイトである GNR になんちゃって調査報告書としてご紹介する予定のものである。 少し補足すると、我が直方市植木(正確には直方市大字植木でありかつての植木町)にもいわゆる筑豊地域のご多分に漏れず炭坑があり、その歴史は明治時代に遡る。それは以下のような旧版地形図により明確な事実として目の前によみがえる。 ※残念ながら当ブログには埋め込めないためリンクでご紹介したい。地図が表示されない場合はアイコンをクリックし、Microsoft Silverlight プラグインをインストールして頂きたい。インストール後はズームや移動が自由に行える。
国土地理院 1/10,000 地形図「直方」(M34 発行) 筑豊地方の場合石炭の輸送は当初遠賀川による水運であったが、明治中期以降は鉄道にその主役が移っていくこととなった。そしてその運炭線は首都圏に匹敵するとも言われるほどの稠密さを誇ったのである。 ということは、廃線や炭坑の遺構等の近代化遺産とも呼ぶべき痕跡がわずかかも知れないが残っている可能性があり、それをこの目で確かめるのである。上の地形図でも現存しない線路が記載されていたりするのである。確かめてどうするとかではなく、『確かめたい』のである。炭坑に限らずかつてそこに『何か』があった跡にはその存在を知らなくても何となく地形やその場所の雰囲気にちょっとした『違和感』を感じるものである。それが子供のころには『違和感』に必ずしも至らないにしても大人になってその風景を思い出すとき、その『違和感』は明確な印象となって現れる。そしてそこに『?』が生まれ、『確かめたい』となるのである。 いつまで経っても家が建たないだだっ広い空き地。トンネルを開削したような地形。閉ざされた門のある荒れた道や工場跡。不思議な形をした使われていないコンクリート構造物。そこには子供の頃何となく『近づいてはいけない』雰囲気があるものもあった。大人になるとそれらはますます『怪しく』感じられ、私の記憶とは異なる過去の本当の風景を知りたくなる。ましてや明治時代からの産炭地である。以前の記事でも書いた通り私の世代のように既に筑豊の全炭坑の閉山後に教育を受けている者は一時期我が国最大であった産炭地に生まれながら『炭坑』というものを全く知らないまま育ったのである。 子供のころ草ぼうぼうで『秘密基地』を作っていた空き地がどうやらかつての炭坑の煙突があった場所であり、当たり前に通っていた道がかつての運炭線の跡であり、友人宅のそばに石炭荷役のための旧国鉄の貨物駅があったらしいというようなことをごく最近知ったのである。こうなるとそれらはいつできて、どのようなもので、いつ無くなったのかを知りたいのである。 私がそのような思いで断片的な情報を頼りにいろいろなものを現地調査するものの GNR での報告が遅いのは、このようななるべく一時情報源に近い裏付けをとるのに時間がかかっているからである(ずぼらなだけでもある)。 これからも懲りずにまったりとこのような文献調査や現地調査、さらにはなんちゃって報告書のお披露目を続けていきたいと思う。まったりとお付き合い頂ければ幸いである。 12/02/2009 重大運転事故記録・資料(復刻版)私はこれまでも何度か当ブログで触れてきたとおり、いわゆる鉄道趣味者(鉄ちゃん)である。しかし、これまた何度か触れてきたが通常そういうと『電車好き』と思われることが多いが私の場合はそうではない。 どちらかと言うとその『電車』が走るまでの経緯やシステム(とりわけ鉄道構造物)が興味の対象である。もう少し格好つければ我が国の近代化のけん引役であった鉄道を通じ、我々現代を生きる者がともすると知ることのない先人の労苦や英知をほんの少しでも探ろうとするものである。 ただ、私のおつむではそれを探ったところで何かの役に立つかどうかは別の話であるが。 また、私自身がどちらかというと技術系の世界に身を置いていることもあり、そこに『技術の進歩』をも感じ取ろうとしていると思う。そんな切り口で鉄道を見るとき避けて通るべきではないと私が考えるのが事故の歴史である。 得てして進歩の陰には失敗の歴史があるものである。ましてや鉄道のように物理的にも意味的にも巨大なものになってくると人命に関わる失敗の歴史はある意味必然となる。技術(だけではないが)の進歩はその失敗を二度と繰り返すまい、悲惨な事故を少しでも防ぎたいと言う技術者の血と汗と涙の結晶であると私は考える。 かつて身を置いていた土建業では『ヒヤリ・ハット』と呼ばれる概念が存在する。『ヒヤッ』ともしくは『ハッ』とする体験や場面を繰り返すうちに大事故につながるので、そうなる前にそれらを抽出し対策を講じようとするものである。恐らく製造業でも機械を操作したりするので同様の概念が以前よりあると思う。 近頃はそのような概念は以前に比べ大きなうねりとなっているようで技術系分野に特化はしているが科学技術振興機構(JST)と呼ばれる独立行政法人によるサイトも存在する。 ☆ JST失敗知識データベース ☆ 科学技術分野の 事故や 失敗の 知識と 教訓 このようなある意味『負の遺産』と取られかねない情報はこれまで我が国の『恥の文化』と『責任追及』等の概念によりどちらかというと隠され続けてきたものであろう。本当の意味での進歩とはこのような失敗の情報共有から意識の浸透、そして対策の充実という不断の努力によって形成されるものだと思う。ようやくこのような失敗の情報共有がなされ始めてきたのは素晴らしいことだと感じている。恐らく私の知らない分野でのこのような情報も増えつつあるはずである。 鉄道に関しての最大の失敗は何と言っても人命に関わる事故、特に運転による事故であろう。何故運転かと言うと、あらゆるシステムの集合体である鉄道ではそれこそ駅舎建設中の事故やトンネル掘削中の事故等も発生するが、これらは鉄道そのものではないからである。そして、その運転事故に関して以下の条件に合致する運転事故を取りまとめたのが社団法人日本鉄道運転教会発行の『重大運転事故記録・資料』である。
これを国有鉄道すなわち現在の JR 各社及び地方鉄道、軌道について事故の概要や原因等をそれぞれまとめており、その収録数は以下のとおりである。
昭和 61 年までとなっているのはこの書籍が 2005 (平成 17) 年 4 月に出版された時点での集計結果のためである。そして昨年 2008 年 12 月に、これらにさらに昭和 62 年~平成 19 年 3 月分を追補したものが出版されたのである。
ちなみに、私が育った直方には JR 九州筑豊本線が存在するため、ざっと見てみると最も古い事故記録は 1918 (大正 7) 年 3 月 17 日に中間駅にて発生した列車脱線事故とある。本書での記述を紹介したい。
種別 列車脱線
なお、本書の冒頭『発刊にあたって』では以下のような文言が示されている。私も鉄道従事者ではないが襟を正し、日夜安全に取り組む鉄道関係者にエールを送りつつ、これからも鉄道構造物や廃線を追いかけたいと思う。
09/02/2009 諏訪鉄山と鉄山鉄道
2009/07/24 諏訪鉄山と鉄山鉄道(再掲) - Windows Live を公開しました。
2009/06/25 GNR - 第四次山梨・長野計画にて現地一次調査を実施しました。
長野県茅野市にはかつて諏訪鉄山という大規模な鉱山が存在していた。上の地図は同鉱山の最盛期に中心地であった『石遊場(いしやすば)』と呼ばれた地域である。現在そのかつての地名に由来する『石遊の湯』という温泉施設が存在している。 また付近には『鉄山』という地名も残されている。
同鉱山のそもそもの歴史は武田信玄の時代にまでさかのぼると言われているが、戦時中最も重要な軍事物資である『鉄』を調達するために本格的に開発された事実上軍事施設のような扱いのものであった。それゆえに終戦とともに操業を停止している。 同鉄山は JR 中央本線茅野駅から東に約 10km ほど進んだところに存在していたが、終戦直前には茅野駅から鉄鉱石の運搬のため例によって突貫工事による専用線が敷設された。そしてそれは『鉄山鉄道』と呼ばれていたそうである。 私はこの鉱山を、この専用線の存在を通じて初めて知った。そしてこの専用線は結局わずか半年ほどで終戦を迎え鉱山の操業停止に伴い廃止されたという。しかし現在も若干の痕跡をとどめているようであり、ブログ等でもお目にかかることが可能である。その痕跡をこの目で見てみたいと現在画策中である。そしてこの鉱山すなわち諏訪鉄山についても机上調査を始めたところである。なお、この専用線の大部分は現在長野県道 192 号茅野停車場八子ヶ峰公園線となっており、通称『ビーナスライン』の一部分を構成している。 調査の過程で以下の書籍の存在を知った。
このうち、2. については別件の史料を調査しに訪れた原村図書館にて存在を知って購入を試みようとしてが定価が記載されていなかった。そのため通常の販売がされていないと判断し、巻末に記載されていた著者への連絡先へ問い合わせたところ、なんと著者本人とお話しすることができたが、100 冊のみ自費で出版したとのことでたちまちさばけてしまい、今後の増刷の予定もないとのことで購入は叶わぬ夢となった。 しかし、じつはこの書籍は副題が『若者と語り合う史跡物語』となっており、『よろしければ、何年のお生まれでしょうか ?』と質問されたため『昭和 46 年です』と答えたところ、『そのような若い世代にぜひ読んだもらいたい』と、とても喜んでもらえた。内容はタイトル通りであり、戦争という非常に社会的な切り口で同鉱山を捉えた良書である。 また、1. については茅野市内の某書店で販売していることを突き止めたが、同書店が富士見町にも支店があるためそちらへ問い合わせたところ取り寄せてもらうことができ入手できた。受け取りの際『これが最後の一冊だったようです』と言われ驚いた。ちなみに同書は第三版であるが、もう売っていないということになる。申し訳ないが私が最後の一冊を頂いたのである。これも内容は純粋に鉱山の解説云々ではなく、2. と同様に戦時中の同鉱山を取りまく様子を文献調査及び関係者への聞き取りを元に『メモ』としてまとめたものである。 今後これらの書籍を基本に諏訪鉄山及び鉄山鉄道についての調査を進めていこうと思う。結果は例によっていつになるかあてにならないが GNR で紹介したいと考えているが参考情報をお持ちの方はコメント等頂けると幸いである。 もう入手不可能な『諏訪鉄山』の表紙である。今後第四版が出版されることを期待したい。
『戦跡としての諏訪鉄山』は国立国会図書館に存在するので興味のある方はぜひご覧いただきたい。著者の五味氏からは『東京だと恐らく国会図書館しかなかったと思う』とのことであった。 17/01/2009 信越本線横川駅周辺鉄道文化財調査報告書以前より一度見てみたいと思っていた資料である。これは、平成 2 年 3 月に高崎財務事務所地域振興室及び松井田町より発行されている。内容は全くもってタイトルの通りであるが、要はかつての JR 東日本信越本線の一区間であった横川~軽井沢間の歴史的鉄道構造物を調査した報告書である。 目次をご紹介したい。
また、トンネル(隧道)や橋梁等の図面や写真も豊富に掲載されている有益な内容となっている。
以前より同書の存在は知っていたが、この手の調査報告書は一般に販売されている性格のものではないため図書館で読むしかないのかと諦めていたが、最近碓氷峠鉄道文化むらを訪れた際になんと売店で普通に売っているのを初めて気が付き即買いとなったのである。ちなみに \2,400 である。決して安くはないが私にとっては買わない理由がない。さすが『文化むら』と言えよう。 何と言ってもあの碓氷峠である。私のように古い鉄道構造物に目がないものにとっては、ここはある意味聖地とも呼べる場所である。なぜそうなのかは Google おじさん等に聞いて頂く方が間違いがないと思うので詳細は省くが、私にとっては以下のような点が聖地たる所以である。
言わずと知れた『アプト式』である。採用の理由はもちろん 66.7‰(1km 進むと 66.7m の高低差)という急勾配の克服である。ちなみにこの勾配は同区間廃止まで旧国鉄路線全線中最高のものであった。しかもこれが幹線で存在していたのは世界的に見ても例を見ない。また、旧国鉄及び現 JR 全区間において同区間以外には存在しないほどの例外的な形式であった。同区間のアプト式による運転は 1963 (昭和 38) 年に廃止されるまで実に 70 年間に渡って行われたのである。ちなみに、箱根登山鉄道は最大 80‰ を通常の粘着運転で登っている。 同区間はわずか 11.2km であるが、この間にトンネル(隧道)は 26 箇所(計 4459.72m)、橋梁(15ft 以上) 18 箇所、カルバート(10ft 以下)が 20 箇所もあった。また、切土 27 箇所、盛土 26 箇所となっていた。特にトンネルと橋梁は開業当時に建設されたもののいくつかは今なお現存し、100 年以上の歴史を静かに物語っている。特に重要文化財でもある碓氷第三橋梁は煉瓦構造物としては我が国最大の規模を誇り煉瓦約 200 万個を使用し建造されたのである。余談であるが、私が鉄道構造物を追っかけ始めるきっかけ(広い意味での鉄道趣味の復活)は数年前に雑誌で自動車の広告に写っていたこの橋梁を知ってからであった。 残念なことではあるが、同区間は信越本線という幹線でありながら 1997 (平成 9) 年に 100 年以上に及ぶ歴史に終止符が打たれたのである。廃止に至る主な要因はもちろん長野新幹線の開通である。廃止当時は鉄道趣味から離れていたため全く知らなかったため現役時代をこの目で見ていないことが悔やまれる。しかし、廃線跡を主として追いかけている私にとっては廃止になってもますます興味の対象である。廃線跡には、当然であるが車両も通らなければもちろん人も通らない。すなわちそこにあるのは残っていれば鉄道構造物が主であり、それすら存在しない場合は地形的な痕跡程度であるが、かつての現役時代に思いを馳せるのもまた奥深い世界である。ここ碓氷峠は廃線跡の中でも明治時代の鉄道構造物が多く残る他に例を見ない貴重な場所なのである。 このように非常に歴史的に貴重な区間であり、鉄道という切り口から我が国の近代化の一側面を垣間見ることができる。従って当然 GNR でも取り上げるべく一度現地調査を行っているが、まだまだ現地へ回を重ねて訪れたいと思っているので気長に私なりの調査報告をお待ち頂けると幸いである。 05/01/2009 西日本鉄道百年史九州の私鉄の雄と言えば、福岡育ちの私としては何と言っても『西鉄』こと西日本鉄道である。そして同社は何気に創立百周年となるそうである。 他の大手私鉄と同様様々な鉄道会社の紆余曲折により今日の姿があるわけだが、福岡は福岡でも筑豊地方育ちとしては『にしてつ』と言えば普通鉄道としてではなく、路面電車とバスというのが極めて自然な印象である。そう、同社の普通鉄道路線は福岡市と太宰府を結んでいる路線を主としているため筑豊地方には無縁であり、むしろ北九州市内を走る同社の軌道線とでも言うべき路面電車と福岡県内を牛耳っていると思われる路線バスが私にとっての『にしてつ』なのである。 数年前には、とある阿呆が同社の路線バスをハイジャックし、さらには殺人事件を起こすという大事件があったのでそれで同社の存在を知った方も多いかも知れない。そのような悲しい歴史も乗り越えながら辿りついた創立百周年である。そして、それを記念し百年史が刊行されるとのことである。その申込受付開始日が明日 2009/01/06 である。 当然そこそこの値段であるが既に購入の意思は固まっている。最近気張って鉄道会社の社史を少しずつ集めているが、これで通産三社目である。縁あって譲って頂ける予定のもの合わせると四社目となる。また、その中の一つである京浜急行電鉄については、なんと以下の四冊を所有している。
我ながらこれではまるで、京急オタクである。とは言ってもほとんど読み込んではいないのでじっくり読んでいきたいと思っている。ちなみに、残りの社史は以下のものである。
それと、これは全く鉄道とは無関係だが、以下のようなものも所有している。
そう、母校である。その名も鞍手高校である。長らく親元に置いてあったため余り記憶にないのであるが、何気にこんな本を持っていたのである。確か在校中に創立 70 周年を迎えたのでそれを記念して生徒に配布されたのだと思う。 上述の鉄道会社の社史よりもさらに呼んでいないどころか、まだ開いてもいないので、いつか読みふけってみたいと思う。何せなかなか母校の歴史は知らないものであり興味深い。 写真は赤字対策で分社化され発足した『西鉄バス筑豊』の閑散路線と思しき路線用の小型バスを第一次筑豊・北九州計画と題打った現地調査の際に JR 東日本筑豊本線直方駅まで撮影したものである。そして故郷を離れた私にとっては懐かしいカラーリングである(現在西鉄バスグループでは新カラーへの更新が進んでいるようである)。 かつてはこのような小型車両は存在せず全路線大型の車両だったと思う。ある意味地方経済の厳しさを象徴しているようにも見えるが、私は企業努力と捉えたい。頑張れ直方 !! 頑張れ筑豊 !!
09/12/2008 線路観察学また本の紹介である。 これは、本屋でたまたま見かけて即買いしたものである。タイトル通り数多ある鉄道趣味の世界から『線路』にこだわった内容となっている。かのタモリも鉄道趣味人であるが、彼の興味の対象も線路だそうである。特に複雑な配線の線路に美しさを感じるとのこと。かくいう私も廃線跡等と共に線路も非常に興味をそそる対象であるので同感である。実際に古レール観察も行っているし、こんな動画も撮ってたりもする。 当書は例えば保線業務等の本職でも学者等の専門家でもなく、著者の言葉を借りれば『あくまでもマニアとしての観察』とある。最高である。この視点こそ私が共感できる最大のポイントと私は感じている。なぜなら、当事者でない趣味人だからこそ『何だあれば』、『あれはどうなってんだ』等という見たい知りたいという、気持ちのベクトルが一致するからだ。自画自賛的に言えば『知的好奇心』である。 内容について簡単に紹介すると、まず『線路とは』から始まる。そしてまくらぎや継ぎ目、分岐器についての種類やその構造、またそれらの製造工程にまでその観察は及んでいる。さらには線路に生える雑草である、『鉄道草』にまで言及している。製造工程については企業への取材として踏み込んだ内容となっているが、それぞれの内容について専門家ではないゆえの私も共感する素朴な疑問等も取り上げている。 実は著者は『金属』誌での連載をまとめて『鉄のほそみち』、その後『増強版・鉄のほそみち』という線路について既に書籍を出版している方であった。また Amazon の欲しいものリストに追加である。 ぜひ、皆さんも日頃気にもしていないであろう『線路』の奥深さに触れて頂きたい。私は当書をそれこそ『線路』の上で時折窓越しに線路を見ながら電車での通勤時に読んでいる。何度読んでも面白い本である。
20/11/2008 筑豊炭礦誌また、最近購入した本の紹介である。ご容赦願いたい。この本は我が故郷筑豊の炭坑の現況をまとめ上げた、なんと明治 31 年発行のものである。『著者兼發行者 高野江基太郎』というちょっと気を抜くとどこまでが名字なのかを見失いそうな名前である。また『定價金壹圓七拾五銭』とある。いったい現在の貨幣価値でいくらなのだろうか。 ちなみに、私が入手したのはもちろん原版ではなく復刻版である。昭和 56 年発行とある。しかし、『限定参百部』の文字がうやうやしく書かれており即買いと相なったのである。 この本も例によって Amazon で調べてみると、同じ復刻版が見つかった。しかし、\49,600 より、とある。私は東京は神田神保町のとある古書店で \3,000 で見つけた。この価格も即買いさせる充分な条件であった。なぜこんなに安いのかと言うと、もちろん落丁やひどい汚れ等はなく本自体の程度はよいのだが、元々某企業が所有していたものらしく、背表紙には図書館よろしく管理番号のシールが貼られ、後見返しは所蔵していた部署の印鑑がでかでかと押されているからと思われる。中身さえ程度がよければ充分な私にとっては全く問題なくお買い得であった。 このような本を入手しようとしたきっかけは『第一次筑豊・北九州計画』と題打って行った廃線跡等の近代化遺産の現地調査(まぁ、所詮見に行っただけとも言えるが)であった。筑豊の廃線跡を追う者にとって避けて通れないのが炭坑 or 炭礦 or 炭鉱である。かつて全国でも稀にみる密度で張り巡らされていた筑豊の鉄道網はもとはと言えば運炭線として建設されたものがほとんど全てと言えるのである。従って、その歴史は炭坑と共にあるのであって炭坑の歴史を追わなければ鉄道の歴史は中途半端な把握となってしまうのである。 じゃぁ、市史とか見ればええやん、となるがなかなか図書館に行けないのでこのような本を探したのである。この復刻版の冒頭に復刻版発行にあたっての『解題』として、以下のような記述がある。
そして限定 300 部が復刻されたのである。それを \3,000 で入手できたのである。内容は非常に面白く、筑豊地方の石炭の分布や石炭の質に始まり、はたまた各炭坑個別の出炭量や設置されている機器のスペックから労働者数やそのの賃金、さらにはその生活環境までが克明に記録されており、非常に有益な内容となっている。一応もう一度言っておきたいが明治 31 年発行である。そしてたった一枚だけだが、当時の筑豊地方の鉱区や鉄道網を示した地図が含まれているのである。これも欲しかった資料のひとつである。いつか上述の現地調査の報告を GNR にアップする際にお目にかけたいと思っている。鬼のように字が小さく現物を肉眼で見てもかなり読むのに苦労するため『見える』ものになるのかかなり不安ではあるが、以前の記事で用いた手法でなんとかしてみたいと思う。 ところで、『最初に熟読』すべきこの本は本篇が 735 ページにわたる大作である。この資料とあわせて筑豊地方の関連する市史等もいつかは挑戦しようと思っているが、果たしていつになることやら。 写真は石炭輸送華やかなりし頃の名残であろう、JR 九州筑豊本線筑前植木駅構内に残る煉瓦橋脚跡(橋梁名未確認)である。ちなみにここは私の思い出深い故郷の駅である。 30/09/2008 日本の鉄道碑最近ちょこちょこと本を買っている。今回は何冊かまとめ買いをしたので、ぼちぼち紹介したい。 今回は『日本の鉄道碑』である。 全国に数多ある鉄道に関する記念碑を取り上げたものである。私自身も廃線跡の探索等で時々見かけるが、そもそも鉄道碑と言うと一般的にはどういうものをイメージするのだろうか。 やはり、『開通記念碑』の類ではないかと思う。もちろん、このようなめでたく、まさに記念碑といったイメージのものもある。 しかし、ちょっと考えて欲しい。鉄道とは山を削り、谷を埋め、また川も渡る。すなわち大自然に立ち向かって初めて作られるものである。そこには当然大自然の脅威との闘いの歴史もある。また、土木工事という側面もあり、そこにはタコ部屋と呼ばれる強制労働も実在した。 また、完成してからも人災による事故も起きる。私にとってはこれらの事象に対して建てられた『慰霊碑』や『鎮魂碑』も決して忘れてはならない貴重な存在である。今日我々が当たり前のように利用する鉄道は彼らの尊い犠牲の上に成り立っているものである。これは鉄道に限った話ではないが。 いわゆる社会科の時間に教えてくれなかったテーマであり、うがった言い方をすれば『ブラック』な側面である。常日頃世の中で我々が普通に目にするものは 8:2 の法則で言うと 2 にす過ぎなくて、その裏には 8 のものがあると思っている私にとっては看過できない側面である。 本書の筆者は『事故の鉄道史』や『続・事故の鉄道史』を執筆した方であり(前から買おうと思っていた本である)、これらの『慰霊碑』や『鎮魂碑』もその建立に至る背景から取り上げている。 ※ なお、筆者によれば本書は以下の『鉄道碑めぐり』を参考に現地調査を行ったものである由。また、既に失われた鉄道碑も多くあると言う。ちなみに Amazon では現在入手不可である。うーむ。神保町探索が必要だろうか。 ※ いつか、これらの鉄道碑を改めて巡って記録、公開することによって、これらの鉄道碑の保全に一役買いたい。時間と金が。。。 09/09/2008 知られざる鉄道鉄道趣味という言葉があって、私もいわゆる『鉄道趣味人』(鉄っちゃん等とも言われるが)の端くれであると自覚している。しかし、その『趣味』の対象は驚くべき守備範囲の広さを持ち、私ですら『そういうジャンルもあったのか』と驚かされることが実は多々ある。 ところが、世間一般では『鉄っちゃん』=『電車好き』という認識がありがちのようである。確かに鉄道とは一般利用者としての我々にとっては電車(広く捉えるとは列車)に乗るためのシステムであり、『電車』=『鉄道』という発想もあながち突飛な発想ではないと想像ができなくもない。 しかし、鉄道とはそれこそシステム全体を指す言葉であり電車とはその中の一つの構成要素に過ぎないはずである。つまり、それぞれの単語の意味は知ってても実生活の中では何故か区別が曖昧になっている稀有な例かも知れない。 ちなみに私も『趣味は?』なんぞ聞かれたりした時に『鉄道の世界を少々・・・』等と答えると『あぁ、電車好きなんだ』とくる。ところが私は廃線跡や鉄道構造物を追いかけているので車両はあまり詳しくはないのである。廃線跡も車両は走っていないので実質的に構造物の痕跡を探したり、現役だった頃の風景を想像するのみである。 とは言っても『クハ』とか『キハ』とか『セキ』とかはイロハのイだと思っているが。 このように車両の類はたしなむ程度の知識しか持っていないが、そんな私に以前とある方より教えてもらった本があり、鉄道構造物モノではないがとても面白いと思ったのでここで紹介したい。『鉄道廃線跡を歩く』シリーズでおなじみの JTB キャンブックスである。 その名も『知られざる鉄道』である。なんとなく、久しぶりに当ブログのタイトルにふさわしいネタを取り上げている気がしている。 比較的メジャーなものから何と言うか、こげな鉄道あるんかい、と思えるものまでいろいろな物件がこれでもかというほど紹介されている。多くの人が日頃抱いている『鉄道』というイメージがいい意味で音を立てて崩れるであろう愉快な本である。 ちなみに、私もいろいろなものを気ままに調査してきた中で『これだ!』と思える知られざる鉄道物件はこれである。 知る人ぞ知る『レールスター』である。 JR 西日本の 700 系をベースにした一味違う新幹線車両のことではない。なお、写真のものは JR 東日本山田線区界駅構内にスタンバイしているものである。 同駅の場所は以下のリンク先にて地図上にプロットしてあるので興味のある方は参照願いたい。訪れる価値のある味わい深い駅である。左側に現れるメニューの No.136 のタイトルをクリックして頂きたい。 ぜひ乗ってみたい。たまらんです。この存在感。そこに一年中いることが分かってても乗れないのである。同型機は意外にあちこちにあるようでその筋では有名な車両のようである。ちなみに今は亡き山田線のキハ 52 の車窓から最初に気が付いた時に感じた乗りたいという衝動は N700 系なんぞ足元にも及ばなかったことを付け加えておきたい。 Wikipedia ではこの車両については以下のような説明のみが示されている。もちろん、二つ目のものがそれである。 知人の乗り鉄の達人 I 氏(あなたですよ、あなた)はなんと、どこかのイベントで乗ったことがあるとのこと。 羨ましすぎる。 10/07/2008 北九州の近代化遺産良著発見である。 日本の工業を支え続けている太平洋ベルト地帯の一翼を担う北九州。北九州ってどこ ? などという印象をお持ちの方も『八幡製鉄所』とかは耳にしたことがあるのではないだろうか。そう、この八幡とは現在の北九州市内の地名なのである。 このように、ある意味釜石のように鉄鋼の街とも言える側面を持つ北九州であるが、その工業地域としての繁栄は八幡製鉄所及び近郊の筑豊地方からの燃料となる石炭の集散も加わって成されたものである。 もちろん、著しい工業化に伴う環境汚染など負の遺産もある。ちなみに負の遺産の象徴とも言える存在は洞海湾であろう。 ところで北九州は大都市圏とは異なり支店経済の拠点としての副作用として、大都市圏のような著しい近代化に比べるといささか時代に取り残され、それが結果的に数多くの近代化遺産を残すことにつながったという。 これら北九州の数多くの近代化遺産をまとめたのが、この『北九州の近代化遺産』である。取り扱うジャンルも産業関連に偏るとはいえ多岐に渡り、巻末の近代化遺産リストや様々な考察記事も八幡製鉄所や堀川に関してのものあり読み応えがある。 このジャンルに興味のある方は必読である。私は即買い済みである
なんと、当ブログをご覧の方から画像を頂いた。ありがとうございました。> TAKATAKATAKA 様
ちなみに、シリーズとして『福岡の近代化遺産』もあるそうなのであわせて紹介したい。 さらに、今後『筑豊の近代化遺産』も刊行される予定であることを、どこかの記事で読んだ。筑豊育ちの私としては上記二冊も素晴らしいが、これが本命中の本命である。刊行が楽しみである。 29/06/2008 土木学会デジタルアーカイブス『戦前土木名著 100 書』私にとって、鉄道や道路等の産業遺構的な側面での調査で欠かせないのが土木学会の『デジタルアーカイブス』である。 ここには実に多くの有益な土木関連の歴史的な技術書がデジタル(PDF)化され、無償で公開されている。この中に特に戦前の土木関係図書を日本土木文化遺産調査会により選出した傑作 100 選のようなものがタイトルに挙げた『戦前土木名著 100 書』である。 当ブログをご覧の方の中には既にご存じの方もいらっしゃるかも知れないが、土木史に少なからず興味をお持ちの方は必見である。古くは明治時代より 1945 年までに出版された図書が対象であり、私のようになかなか図書館にも行けなくてもこのような歴史ある名著がオンラインで閲覧可能なのである。 ここでは、古レール等鉄道構造物関連なども調査している私にとっては有益な例として昭和 6 年発行の『高等土木工学 第十巻 鐡道工学』の『第七編 停車場』より旅客乗降場上屋の主な構造形式例を挙げたい。 少々小さくて見にくいがご容赦を。
なお、本文には旅客乗降場上屋について以下のようにある。
昭和 6 年発行の図書に載っているものである。現在もこの上屋がこのまま残っている駅もあれば、そうでない駅もある。 この本文中の『古軌條』(軌条)が私が追いかけている、まさに古レールである。 この他にも鉄道に限らず土木全般に亘ってお腹いっぱいになるほどの大量のドキュメントを見ることが可能なので、ぜひ土木学会のサイトをご覧頂きたい。 15/01/2008 JR 貨物時刻表先日、私鉄時刻表という記事を書いたが実はまだまだシブい時刻表がある。 それが鉄道貨物協会発行の『JR 貨物時刻表』である。 ハッキリ言って『アツい』。まさに、貨物列車好きにはたまらない情報源である。貨物列車はどう頑張っても乗車できないという特殊な世界であり、所有はできないが乗車はできる旅客列車とは一線を画す奥深い世界だと思う。 それが、なんと時刻表がちゃんとあるのである。私は昨年この存在を初めて知ったが、芸能界の鉄道趣味者であるタモリの番組『タモリ倶楽部』でも、『貨物時刻表を参考に貨物列車をウォッチング』という企画で取り上げられるほど、マニアックなものと言えよう。 ちなみに、このタモリ倶楽部の企画の影響で、この貨物時刻表は鉄道貨物協会や版元に問い合わせが殺到し、2004年版貨物時刻表は発行以来初めて完売・重版となったそうである。 この時刻表は一般の旅客用の時刻表と異なる趣で内容が非常に充実している。貨物列車の世界に飛び込むには欠かせないアイテムと言える。 2007 年平成 19 年 3 月ダイヤ改正版の総目次を見てみると、時刻表の他にも『列車番号のつけ方』、『機関車・貨車の形式、番号のつけ方』や『コンテナ輸送の仕組み』や『JR 貨物保有貨物電車・貨車一覧』、さらには『コンテナ取扱駅構内配線略図』等も含まれており、単に時刻表というよりは、『貨物列車とは』的な解説本の様相を呈している。 それでいて、読者投稿のフォトギャラリーも含まれ、アツい写真も満載である。 時刻表としても、付録として主要線区の貨物列車のダイヤグラム(スジ)も添付されるなど知的好奇心をくすぐる内容である。 私は貨物列車についてもほとんど知識を持ち合わせていないが、眺めているだけでも楽しい時刻表である。ただし、さすがというかなるほどというか \2,400 の価格は購入に際し気合いが必要である。私は即買いであったが。 なお、同協会の貨物時刻表のページに掲載されている取扱書店のみで入手可能というのも、入手した時の喜びを倍増させてくれる。 |
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