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30/10/2008 箱根登山鉄道のあゆみ私のメインサイトである GNR の調査日誌として気まぐれに書いているもう一つのブログで以前第一次箱根計画という記事を書いた。たいそうな名前とは裏腹に全くもって大したことはなく、箱根登山鉄道の駅にある古レールや同社の鉄道路線である箱根湯本~強羅間の観察可能な鉄道構造物を中心に国道 1 号線の土木遺産などを下見的にあれこれと鑑賞に出かけたものであり、机上調査等を進めたのち GNR にて調査報告書として少しずつ紹介していく予定である。 都心に住んでいる身にとっては箱根に行くなら小田急である、と言ってもいいくらい箱根へのアクセスの主役と言えるが、箱根では小田急の傘下に入った箱根登山鉄道をおいて他にないだろう。ちなみに、箱根登山鉄道の路線は小田急の電車の終点である箱根湯本駅より先と思っている人も多いと思うが実はそうではなく、途中の小田原から先が箱根登山鉄道所有の路線であり、小田急が箱根湯本駅まで乗り入れているのである。現在は箱根登山鉄道の車両が輸送力の増強等の目的により箱根湯本駅から小田原寄りに走らなくなってしまったためさらに誤解されやすい状況になっている。 箱根登山鉄道の鉄道線と呼ばれる箱根湯本~強羅間は我が国でも大変まれな本格的登山鉄道であり、あれだけの急勾配をケーブルカーやアプト式等特別な仕掛けなしに登っているのは大変なことなのである。しかもこの路線は 1919 (大正 8) 年に開通しているのである。かれこれ約 90 年前である。またこの区間の鉄道敷設の計画は明治時代に既に行われており、箱根にとって生命線とも言える温泉脈を分断しないようにも考慮がなされているのである。 大手の鉄道会社では節目の年に社史を編纂しており、箱根登山鉄道でもその長い歴史において現在の社名になった 1928 (昭和 3) 年より 50 年の節目である 1978 (昭和 53) 年に『箱根登山鉄道のあゆみ』という社史を発行している。ちなみに創業時の社名は 1888 (明治 21) 年設立の小田原馬車鉄道である。そう、今年は 120 周年である。私のような調べもの好きにはこのような社史は旧版地形図と共に重要な一時情報源である。もちろん大きな図書館とかにもあると思うがなかなか行けないのでできれば手元に欲しい。 ということで Amazon で調べてみると既に 30 年前の書籍であるため『古書』という扱いであり、中古で \16,500 よりとある。なかなかのハイスペックである。そこで、先日神田神保町に行った際某書店で同書を発見したため値段を確認すると \11,000 であった。それでも結構な金額ではあるが即買いした。ちなみに、その日『京浜急行百年史』も別の書店で発見し購入している。こちらは \15,000 であり、散財である。 同書も参考に机上調査を進めたうえで早く第一次箱根計画の調査報告書を記述したい。相変わらずの遅筆であるため、その前に第二次箱根計画が実施されるかも知れないが。 写真は箱手登山鉄道鉄道線の箱根湯本駅を出発してすぐに現れる架道橋であり、いきなり同線の再急勾配である 80‰ (パーミル)を駆け上がる区間である。このような急勾配は我々が日頃利用している一般的な鉄道の車両では既に登ることが不可能なのである。ここは箱根湯本駅付近のお土産屋さんの並ぶ国道 1 号線の真横であるため、この場所に見覚えのある方は多いだろう。ちなみに、橋台の煉瓦はいかにもと言った感じではあるが残念ながらハリボテである。ここではそれよりも架道橋の両脇の石垣の立派さにも注目したい。 しかし、この架道橋の名称が『茶ノ花架道橋』という不思議なものであることは少ないと思う。私もその気になって確認して初めて知った。一般的に鉄道橋には地名に因む名称を付与するのがほとんどであるため『茶ノ花』も地名なのだろうか。ご存知の方は情報を頂けると幸いである。 13/10/2008 GNR - 調査対象候補(京浜急行電鉄関連)今年 110 周年を迎えている京急こと京浜急行電鉄について、昔話を追いかけたり鉄道構造物を眺める習性のある私が『これは見たい、知りたい』という項目を地図にプロットしたみた。まだまだこれで完成という訳ではなく随時修正加筆していくが、京急に関する廃駅や未成線、また全隧道(一部名称不詳)も挙げてある。 なお、既に本家 GNR にて報告済みのものは省いている。今後も現地調査及び GNR への報告完了と共に削除していく予定である。ちなみに、現在京急関連で報告済みのものは(少ないが)以下のものであるので、興味のある方はご覧頂きたい。 冒頭の調査対象候補や既に報告書として取り上げたもの、いずれについても指摘事項や情報提供等あればコメント頂けると幸いである。また、その他の地域等の調査対象候補もまだまだこれからといったところであるが地図にプロットしてあり、GNR のトップページに掲載している。 ところで、冒頭のリンク先の地図は例によって、業界最大手の Google Maps ではなく、相変わらずマイナー街道をひた走る Microsoft Live Search Maps であるが、なかなか愉快な機能を持っているのでご紹介したい。 Internet Exproler 6 以降と Firefox 2 以降に限られるが、通常の 2D のよくある道路地図及び航空写真表示だけでなく、左肩にあるコントロールの『3D』をクリックすると、ブラウザ内で 3D 表示になるのである。3D 表示には別途プラグインが必要であるが、インストールされてない場合は自動的にインストールを促されるので画面の指示に従えばよい。 実はさらに、世界の主要な都市については個々の建物までもが 3D 表示となるのである。ちなみに、日本では現時点では首都圏周辺のみである。今後順次拡大される予定とのこと。下に冒頭のリンク先の場合のイメージで紹介してみたい。 【2D 表示】 ひねりのない通常の地図である。左の地点一覧及び地図中の青いアイコンの上にマウスを重ねるとメモ等の詳細表示がポップアップされる。 【3D 表示】 ひねりの入った三次元表示である。下の画像は品川駅付近を南から俯瞰したものである。視点位置や方角はマウス操作により自由に変更可能。また左のメニューの最上段にある『3D ツアーを開始する』をクリックすると、全地点を番号順に俯瞰しながら移動するのでこれもぜひ見てみて欲しい。 ただし、3D 表示は当然ある程度の CPU パワーを必要とするのでご注意を。 Google もこのような 3D 表示はあるのだが、別途 Google Earth (無償)が必要となる。しかし、Live Search Maps ではブラウザだけで 3D 表示を実現している点が最大の特徴となっている。ちなみに、Google Earth では地球の表面だけでなく、宇宙をも眺めることが可能である。しかし、対する Microsoft も別途 WorldWide Telescope (英語)という無償ソフトウェアで対抗している。 これからの季節本物の星空を眺めるにもいい季節だが、PC 上でも美しく深遠なる宇宙の世界を訪ねるみるのはいかがだろう。もちろん、廃線跡や近代化遺産の現地調査もお勧めである(こちらが本題であったはずだが)。 14/12/2006 京急だるまエクスプレスいいなぁ京急だるまエクスプレスをご存知だろうか。 京急大師線と呼ばれる川崎から分岐する盲腸線の途中に川崎大師があり、参拝客の利便のため大晦日の夜に上り下り一本ずつのみ運転される臨時列車である。 その名も『だるまエクスプレス』。 名前がいいねぇ。 もちろんだるまで有名な川崎大師にあやかっているのである。実は個人的にすごいのは名前だけではない。 この大師線は京急川崎駅で京急本線から分岐するが、本線が高架であるのに対し地上に大師線ホームがあり直接レールが繋がっているのではないのである。 ところが、この『だるまエクスプレス』は本線と大師線の間の連絡線を利用し品川及び京急久里浜から大師線に直接乗り入れるのである。 今年の運転予定は以下の URL に案内があるので参照されたし。 http://www.keikyu.co.jp/corporate/press/2005/05_1213.shtml 人ごみでごった返す川崎大師には行きたくないがこの電車の写真だけでも撮りたいと考えているが、予定があいそうにないため、諦めている。 大晦日だけじゃなくて、三が日ぐらい運転してくれ > 京急。 09/12/2006 頼むばい。へいちく。2006/12/09 追記 どうやら、へいちくネットは事故の報道を受けてのアクセス急増に耐えられなくなりダウンしたとのこと。また、お詫び文書も掲載されている。 我がふるさとの鉄道会社として応援しているが、今回の件は発足以来の大事件となったのではないだろうか。 サーバダウンなんて有名サイトくらいしか縁がないというのは昔の話である。昨今個人のブログでさえ全国区サイトとなり得る状況でダウンへの対処はある程度は備えておく必要があると思う。 メディアで取り上げられた時点で今のような軽いページに差し替え、伝えるべき点を確実に伝えるようにしておけばなお良かったと思う。 とは言え、旧国鉄から大変な資産を受け継いで困難な経営を続けている第三セクターとしてはあまり批判的には捕らえたくない。 今回を乗り越え、改善の効果を広く世間に知らしめ自信をもって業務を遂行できるよう応援したい。 まかしたきね! へいちく!
以下当初の文章。
へいちく(平成筑豊鉄道)である。 各種メディアで取り上げられているので詳細は省くが、福岡県内の我がふるさと直方市にある第三セクター路線である。 女子高生をドアに挟んだまま隣の駅まで走行してしまったとのこと。幸い気動車であることもあり時速 70km 程度のスピードだったのと 700m 位の距離だったため、ドア横の手すりにしがみついて足に軽傷を負っただけで済んだとのこと。 大事に至らなかったのが不幸中の幸いだが、個人的には駆け込み乗車をしたと思われる女子高生がそもそも自業自得という考え方もないとは言えないが発車時の安全確認がおろそかだったと言わざるを得ないと思う。 例えば都心の 10 両編成とかだったらいざ知らず、このような事態は未然に防げたような気がする。 ただでさえ、旧国鉄のお荷物(失礼)を引き継いだ第三セクターなのでこのような安全に関わる事故は経営に与えるインパクトが大きいと思う。世間の風当たりも厳しくなる。 もちろん、完璧な安全確認は不可能なのではあるし今回も女子高生側にも非がないとも思えない。 でも、今後の安全管理の見直しは必要だろう。 ところで、なぜホームページが閲覧不能に陥っているのだろうか。いやがらせでも受けてダウン中だろうか。しかし、表示されるのエラーコード 403 なので、なんか違う気がする。 ホスティング業者側の障害か制限だろうか。どうしちゃったんだろう。 誰か知ってたら教えて頂きたい。 今回の件をびしっと乗り越えて今まで以上の信頼を取り戻し、地域の重要な足として引き続きばく進して頂きたい。 取材だなんだでてんやわんやかも知れないが冷静に真摯に対処していると信じている。 頼むばい。
へいちくネット www.heichiku.net/p 04/12/2006 青梅・奥多摩レトロ号今更ではあるが、先月 11 月 25 日に立川~奥多摩間にイベント列車が走った。 ある程度の年代以上(私も含む)にとっては懐かしい車両を運行したのである。 都心に住んでいる人若しくは都心出身の方にとってはかなり珍しいと思われるディーゼル機関車牽引の旧型客車である。 型番で言うと、『DD51』と『30 系客車』である。懐かしい。 子供の頃育った福岡ではかつて DD51 が牽引する 50 系客車がキハ 58 系やキハ 40 系とかに混じって活躍していた。 # ちなみに直方起動車区のある街でした。 実は驚くことに 50 系客車だけではなく木造客車も DD51 に引かれていたのである。痛いことに型番を控えてなかったが。 木造客車は今思えば最高だった。社内はニスでテラテラになった、こげ茶色の色調が支配しさながら大正ロマンと言った感じである。当然『JNR』と書かれた灰皿も窓の下にあった。 車両の両端二箇所しかない扉は鍵がかからず、走行中いつでも開閉が可能であった(危険行為)。 それに乗じて走行中扉を開け、車両の外を伝って隣の車両に行き来して車掌に見つかりこってりしぼられた記憶が今も忘れられない。 自分にとって客車とはそんな思い出の車両だった。 それに近い雰囲気のレトロな客車をまさか都心で見ることができるとは思っても見なかった。 このイベントではなぜか『レレレのおじさん』が現れ、カメラにポーズを決めていた。 個人的には意味が分かりかねるが、イベントにはやはりこういう気ぐるみも必要なのだろう。恐らく JR の若い職員だと思うがご苦労様である。 ところで、ディーゼル機関車と言えば、独特のエンジン音と排気ガスの匂いである。 ここではお伝えできないが知る者にとっては懐かしく、わざわざ見に行った甲斐があるというものだ。 また機会があれば DD51 に会いたいと思う。 30/11/2006 関東の私鉄現在私は東京都内(比較的都心)に住んでいる。 とは言っても福岡育ちなので自宅周辺と会社周辺以外はあまり土地勘がない。 子供の頃好きだった汽車(正確には気動車だが田舎ではみんなこう呼んでいた)は都会では電車であり、路線もアホほどある。今は汽車というより鉄道に関係するあらゆるものが興味の対象でいろいろ調べたりするが、実は東京というか関東の路線はあまり知らない。 これは普段の調査の対象の主が廃線関連によるものだからだと自分では勝手に納得している。 ただ、最近せっかく関東にいるのにざっくり言うと山手線の外側の鉄道に乗らないのは何かもったいない気がしてきた。 そんな時職場のいわゆる『乗り鉄』の人から、とある私鉄を紹介してもらった。この御仁は特に古い車両や気動車がお好きであるため、いわゆる大手私鉄が対象ではない。それは、『近江鉄道』である。関西出身であるためこの名前が出てきたが、私も以前数年間大阪にいたので名前だけは知っていた。 Wikipedia で調べてみると、渋い。何がって所有する電気機関車である。現在は既に現役を引退しているが歴史的価値の高いツワモノ揃いである。詳細は下のリンク先を参照されたいが、アツい機関車ばかりである。 教えて頂いた勢いでいろいろ調べてみると関東にも非電化または非電化区間のあるの私鉄や、特色のある車両を持つ個性的な私鉄もあるようだ。そこでまたまた Wikipedia から今度は関東の鉄道会社一覧を調べてみた。こんなにあるのかと驚きである。これは JR、大手私鉄 16 社、準大手私鉄 6 社以外だそうである。
これは少しずつ制覇していくにはやりがいのある量である。恐るべし『乗り鉄』である。これらの鉄道会社の路線の廃線関連の調査も進めていきたい。 都心在住の方、これらの鉄道会社のいくつをご存知だろうか。また私と同様故郷と異なる地に生活している方は身近に知らない鉄道があるか調べてみるのはいかがだろう。
近江鉄道の電気機関車(近江鉄道) 24/11/2006 鹿島鉄道はどぉよ。茨城県鹿島市を走る私鉄に鹿島鉄道がある。ご多分にもれずという分けではないが典型的な赤字地方ローカル鉄道である。 ここでは詳細は省略させていただくが、へたをすれば来年の三月いっぱいで廃止されそうであるとのこと。 というより、鹿島鉄道自身は既に廃止届を提出しており沿線自治体で構成されている鹿島鉄道対策協議会が別運営会社の公募や第三セクター化を視野に存続を模索している。 鹿島鉄道は個性的な車両の運行で知られる。全線非電化であるため気動車による運行だが、その気動車が個性派揃いである。 例えば旧夕張鉄道からやってきた車両や製造からなんと70年近く経過した車両など、およそ好きでないと運用できないようなツワモノが現役で走っている。 もちろん、同鉄道の魅力はそれにとどまらないと思うが私自身は実際に訪れてたことが現時点ではないため、何はともあれこの魅力的な車両をこの目で確かめたい。 よもや廃止ともなればこれらの貴重な車両の行く末は全く期待できないであろう。 都心という近県に住んでいながら何の助けも事実上できないが、せめてこのように地方では経営に苦労している鉄道が関東と言えども存在し、また存続の動きもあるということを紹介したい。 ここでひとつ特筆すべきは既に述べた協議会での存続への模索の動きとは別に地元高校生による『かしてつ応援団』との団体が存在し、高校生のみのメンバーにてサイトを通じての存続への活動等の報告を行っていることである。 私が高校生の頃だったら、果たしてこのように自分たちの活動を世に知らしめることができただろうか。この高校生達のように現代の優れたツールをこのように使いこなしているのを知ると気分がよいものである。 そこでという分けではないし何の役にも立たないが、ささやかながら彼・彼女たちの奮闘を私のこのなんちゃってブログにおいても紹介したい。 今このブログをご覧の方も下のリンクからせめて気持ちだけでも鹿島鉄道に『ご乗車』頂きたい。
かしてつ応援団 http://www.ogawa-h.ed.jp/kasitetuoouen.htm 鹿島鉄道 - Wikipedia - http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E5%B3%B6%E9%89%84%E9%81%93 21/11/2006 銚子電鉄ってどぅよ。銚子電鉄をご存知だろうか。私は東京に住んでいながら廃線跡ばかりを調査していたせいもあり知らなかった。 なんでも義務付けられている車両の修理費が捻出できない見通しのため、緊急のお願いをホームページ上に掲載している。 既にいろいろなメディアで取り上げられているので詳細は省くが『電車に乗ってくれ』ではなく、『せんべいを買ってくれ』なのである。 記事によれば典型的な赤字ローカル路線となった今では鉄道収入より後に始めたせんべいの販売収入のほうが倍以上売り上げているとのこと。従って皆さんもっとせんべいを買ってくれとなる。 私はこのように経営の実際を開示し、お願いをするというは賛成である。ただし、この鉄道会社は元社長による横領事件があったりし、まとも働いている社員にとってはつらい環境と思われる。 ただ、ホームページに社員も電車が好きであるとあるように儲からないから廃止ではなく、せっかくの鉄道資源をできれば存続させたいとの思いは個人的にはエールを送りたい。 ただ、それこそ個人的にはせんべいを大量に買い込んだり何か協力できるわけではない。 しかし、記事によるとこの告知をしてからせんべいの売れ行きはよいとのこと。頑張って欲しい。 福岡出身としては銚子と言えば地理で習ったしょうゆと落花生の街である。なかなか都心からは遠く行く機会がないが機会と時間は作るものなのでささやかながら電車に乗ってせんべいを食べて応援したい。 皆さんもいかがだろうか。
潮風とロマンのふるさと銚子電気鉄道 20/11/2006 モノレール浜松町駅移転羽田空港からJR東日本浜松町駅までのモノレールがある。 最早説明は不要だと思うが、実は近年株式の取得により筆頭株主となったJR東日本の子会社になってしまっていることは大人だけが知ることである。 それと関係があるのかないのか、ちゃんと調べてないので分からないが実はこのモノレールの浜松町駅(正確にはモノレール浜松町駅)はJR浜松町駅に隣接する世界貿易センターまでJRの線路を大きく跨いで乗り入れている。 実は利用したことがある方はご存知の通り、この東京のど真ん中において浜松町駅のホームは単線である。 駅のすぐ手前まではもちろん複線なのだが、JRの線路を跨いでからホームまでの間で単線となる。 これであの乗客をさばいているのだから驚きである(ただ、さばけていないとも言える)。 当然、これは輸送上のボトルネックとなるため、このモノレール浜松町駅は移転が計画されているとのこと。 現在は駅のすぐ手前までJRの線路の海側を高架で併走し急カーブで斜めにJRの線路を横断しているが、この横断をなくしJRの線路の海側に駅を新設するという。ここでは当然複線のホームである。 この移設に備えて、駅建設予定地の確保のため東海道新幹線の線路が複線分西へ移動している。これは浜松町を利用している方なら気がついているかもしれない。 個人的には便利になるので大いに結構だが、健全な競争理論として高い運賃でぬくぬくと京急の長年の申請を退け稼いだ上にやっとで乗り入れた京急には加算料金という理不尽な商売をしているのが東京モノレール株式会社でもあるわけでそんな駅移転の費用は誰のおかげで稼げたのかと小一時間問い詰めたい。 また、この駅移転を含めた浜松町周辺の再開発も計画されているとのこと。確かに浜松町はJRとモノレールに始まり今では都営大江戸線との一台ターミナルとなったが街そのものは大きな道路が中心にあるためあまり人が集まる雰囲気ではないと思う。 でも何となくこうやって昔の雰囲気が確実に減っていき若者や女性向けのチャラチャラしたお店ばかりの街がまた一つ増えるのかと思うと、うむぅと思ってしまう。 都会はあっという間に街が変わってしまう。 取り留めのない話題だが今回は珍しく情報源を挙げておきたい。
浜松町 - Wikipedia - http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%9C%E6%9D%BE%E7%94%BA%E9%A7%85 08/11/2006 奥多摩レトロ号鉄道車両の種類のひとつに「客車」というのがあるのをご存知だろうか。
近年都市圏では「電車」が主流であるため、客車には欠かせない「機関車」もなかなかお目にかかれない。
このほど、「快速 奥多摩レトロ号」という列車が運転されるとのこと。
※PDFファイル注意
私の故郷は福岡の筑豊地方である。そこには筑豊本線という幹線があり、今でこそ電化されてしまったが子供の頃は気動車と客車の天国であった。
気動車については別の機会に譲るとして、客車とは機関車に引かれる列車でありイメージとしてはブルートレインが代表的である。
近年はこの客車スタイルの列車はほとんど運行されなくなっており、イベント用や一部の優等列車(ブルートレイン等)以外はもっぱら電車または気動車である。
奥多摩レトロ号はこの懐かしい客車スタイルの列車をイベント列車として運行されるとのこのと。しかも客車自体は昭和30~40年代の雰囲気に改装されているとのこと。
私が子供の頃にみた古い客車ではなんと木造でありしかも扉に鍵がなく、走行中でもお構いなしに扉の開閉が可能であった。
そのため頭の悪い私は走行中の、しかも川を渡る鉄橋の上で扉を開け連結部を車両の外側をまたいで隣の車両に移るというとんでもないことをして遊んでいた。
ほどなく車掌に見つかり、車掌室に連行されてこってりしぼられたのである。
その時の車両の形式を把握していなかったのがとても悔やまれるが、いつか調べてみたいと思っている。
# 分かる方には分かる話としては、50系より以前の客車と付け加えておきたい。
客車と言えばこの事件や先頭付近に行ってディーゼル機関車(DD51)の走行音(エンジン音)を聞いて喜んでいたのを思い出す。
私より大人の方々にしてみれば蒸気機関車を思い出すかもしれない。
奥多摩レトロ号はまだ予約していないが、懐かしいDD51の音を聞きながらレトロな客車にぜひ乗ってみたい。
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