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17/11/2009 Windows Phone と T-01A と i モード先日、携帯電話の機種変更を行った。ちょっと前から気になっていた機種と言うかジャンルに手を伸ばしてみたかったからで、ついに思い切って実現したのである。それが、Windows Phone と呼ばれるものである。機種は NTT DoCoMo の T-01A である。 一般的にはスマートフォンなどと呼ばれるジャンルの携帯電話であるが、一昔前(?)の言い方をするとはっきり言って PDA である。その中でも OS に Windows Mobile を搭載しているものが私のお目当てであった。 Windows というと、パソコン(PC)という印象が強い方も多いと思うが、実はハードウェア組み込み系としての Windows も存在し、その一種が Windows Mobile である。かつては、Windows CE と呼ばれ、私も仕事で使用していた。エラー時の音がカエルの鳴き声に似ていたのが印象に残っている。 つい最近になって、Windows Mobile 6.5 という最新バージョンがリリースされた。それまでは、6 及び 6.1 が続いていたようである。IT 系のニュースサイトの記事によると Microsoft CEO であるスティーブ・バルマー氏曰く、本来ならばとっくに Windows Mobile 7 をリリースしているはずであったと、同社の段取りの悪さを自ら語って謝罪したようである。 確かに、PC の Windows も 7 になって、大幅に UI (User Interface) が変わったことだし、Windows Mobile 7 ということで同様の概念のものが同時期にリリースされていれば、ただでさえマニアックなスマートフォン市場にとっても福音であったかも知れない。 ただ、現実にはそうはいかず最新版がようやく 6.5 であるが、私の購入した端末 (NTT DoCoMo T-01A) に搭載されているのは Windows Mobile 6.1 となっている。なぜなら 6.5 リリースより以前から発売されている機種だからである。 Windows Mobile 6.5 では、これまでのプルダウンメニュー形式から、iPod や iTouch のようなアイコン形式に刷新されたりと UI がようやく今時になるので、個人的にはぜひ 6.5 にアップグレードしたいところだが、幸いにも T-01A は来月 (2009 年 12 月) に 6.5 への無償アップグレードが提供されるとのことである。これがスケジュール通りに行われると国内初の 6.5 搭載機種となる。 まだ購入したばかりで分からないことばかりであるが、とりあえず本体に対しては以下のような作業を実施した。リンクを含めているので興味のある方の役に立てば幸いである。
また、私のような FOMA から Windows Mobile への移行初心者が最も悩ましく感じる(と勝手に想像する)のが、これまで使ってきた i モードメールの扱いとプッシュメールの実装方法である。ご存知の通り携帯電話のインターネットメールはセンタープッシュ配信であり、リアルタイムにその到着を知ることが可能であるが、これを Windows Mobile 上で実現するにはなかなか難しいようである。イメージとしては PC でそれを実現するのが難しいのと同じである。 もちろん、パケット定額制なのでその上限の金額まで使ったって屁でもないわい、という方は私のように Windows Live 使いであれば Hotmail はプッシュ配信に対応しているので全く悩む必要はないが、少しでもパケット通信を減らして毎月の請求額を抑えたい私としては制約が多いだけ、ではあるが。 そもそも、Windows Mobile は i モードとは全く無関係であるため、Windows Mobile を搭載する Windows Phone では i モードのメールを受信できない。つまりは SIM カードをこれまで使っていた FOMA 端末に差し替えなければ受信できる端末がないのである。また、インターネット接続も i モードとは別の Mopera という別の ISP を契約する必要があり、新たにその ISP のメールアドレスを発行される。このメールについてはプッシュ配信は不可能ではないが、リアルタイム性を追及すると追加の費用が発生する。詳細についてはこちらを参照願いたい。 個人的に言わせてもらうと、ぼったくりだよ。> NTT DoCoMo ちなみに、i モードは契約を解除しない限り生き続けるので、ただ受信できる端末がないだけでこのままではメールはセンターに溜まり続けるということになる。 そんなこんなで今のところベストソリューションは模索中であるが、長年使用してきた i モードのメールアドレスをただちに廃止するのはもう少し後にすることにして、とりあえずの策として i モード .net というサービスを契約した。これは PC から i モードのメールを Web メールの容量で送受信できるサービスである。ただ、これも当然リアルタイムもくそもないし、月額 \250 かかるため、携帯電話でメールをそんなに頻繁には使わない私としてはあまり長くは使いたくはない。そもそも貧乏人が Windows Phone なんか使うな、と言われればそれまでだが i モードなどというインターネットの異端児を快く思わない私としては(特にメール周りについてはせめて RFC は無視しないで欲しいと思う)使い慣れた Windows の世界に移行したかったのである。 パケット通信費を最小化する最も重要なカギを握るのが前述の無線 LAN であると私は考えているが、実際自宅や職場では残念ながらエリア外であるためこうやって悩まなければならないのである。まぁ、自宅の場合は無線 LAN を導入すればいいじゃん、となるがこのためだけにさらなる出費も悩ましい。 しかし、懲りずにいろいろと挑戦をしていき、自分なりの解決策を探っていこうと思っているので、都度紹介していきたい。そもそも i モードのメールの転送設定ができるだけでも助かるが、それをやるとパケット通信費が節約可能となるのが明白なためか NTT DoCoMo が実装してくれないのが、大きなネックの一つでもある。セコいよ。> NTT DoCoMo 12/11/2009 Bing Maps (旧 Live Search Maps) 機能追加以前 GPS と Live Search Maps という記事を書いたが、その Live Search Maps (現 Bing Maps) に機能が追加され、またいわゆる Look & Feel も変更された。 今回の機能追加や変更点については、担当部署のブログ記事(英語)を参照願いたいが、日本語版は一部の機能は実装されていない。そのため、ここでは日頃日本人としては珍しく Bing Mpas を使っているほうであろう私が気が付いた点や気になった点を紹介したい。 1. Look & Feel について まずは見た目からだが、地図の拡大縮小等を行うためのナビゲーションバーが半透明の黒色になり、サイズも若干小さくなった。また拡大縮小ボタンについても今までのように +、- だけでなく好きな縮尺へダイレクトにジャンプできるようになった。これについては素直に改良だと思うので評価したい。 また、フッターにあるメニュー等も含め小じんまりとなったため、肝心要の地図画像の表示領域が若干ではあるが広くなった点も評価できる。ただし、ヘッダー部分は相変わらず無駄が多く私としては不満が残る。
2. コレクション機能について 『コレクション』とは、地図上に地点や経路等を落書きし、それをテーマ毎にまとめて保存できる機能である。Google Maps でも同様の機能として『マイマップ』がある。今回の変更でこの『コレクション』が『自分の場所』というみょーちくりんな名称に突然変更になった。これは英語版の『My Places』を直訳したものだと思うが、正直このネーミングにはがっかりである。 最初見た時は『コレクション』とは別に自分の居場所を登録するような機能が新たに追加されたのか勘違いしてしまった。また、以前はコレクションを表示させた際に、コレクション全体を表示するための『全て表示』(だったと思う)というメニューがあったが、これが削除されてしまったため個々のコレクション全体を俯瞰するのにいちいち手動で地図の拡大縮小を行う必要が出てきたため、私にとっては改悪として見えない。 次に、コレクション中各地点を表すアイコンは以前の赤い『押しピン』に比べ視認性が向上したように思われるのでこれは評価したい。 ただし、そもそもコレクションを呼び出すメニューが以前と異なり画面左側のペインを表示させて★アイコンをクリックしなければならなくなったのは余計な操作が増えたと感じる。また、左側ペインを表示・非表示させるアイコンが非常に分かり辛いのも問題だと思う。以下は GNR - 古レール調査報告書として公開しているものである。
3. 埋め込み地図コード生成機能について Google Maps では以前より実装されていた機能だが、ようやく Bing Maps でも初めて実装されたものである。これは今表示している地図画面を自サイトやブログ等に埋め込むためのコードを出力する機能であり、私も待ち望んでいたものであるので喜ばしい改良である。貼り付ける際のカスタマイズも埋め込む地図のサイズの変更や静止画にするのかオンライン地図とするのかをプレビュー画面を見ながら選べたりと、まずは実用に値するものと思う。実際に貼り付けると以下のようになる。 と思ってやってみたが、当ブログ(Windows Live Spaces)では埋め込み不可であった。 なんで自社のサービスすら埋め込めねいのよ。タグ制限もうちょっと緩めようよ。> Microsoft まだまだ今回の変更点について使い倒せていないので、あまり役に立たないかも知れないが、ほぼサービス開始時からのユーザーとしてまずは言わずにはおれないことを書かせて頂いた。 ところで、別に Microsoft に限った話ではないかもしれないが、最近のオンライサービスはこのような仕様変更等の事前のアナウンスが無さ過ぎるように思える。やっちまってから『こんなん出ました』ではいくら無償サービスとは言え正直困る。この風潮は本当に腹立たしく感じる。 ヘルプやマニュアル等もろくなもんがない中で勝手に変更されては使い勝手がわけわかめ状態となる。もう少しユーザ視点に立った物事の進め方を考えてもらいたいと思う。また、冒頭にも書いたが日本語版ではまともに動作しない機能として経路検索がある。Google Maps では鉄道だけでなく道路についても検索ができ、もはやカーナビ状態であるが Bing Maps では海外版(英語版のみか)のみの実装であり、日本語版にはいつまで経っても実装されない。 今回の変更で実は動かないわけではなくなったが、経路データが入ってないらしく全く使い物にならない。日本語法人は何をやってるんだと少々もどかしい。どうにかしてくれよ。> Microsoft ではなく、マイクロソフト 何気に少々愚痴っぽくなったが、このような改良はどんどん進めて欲しいと思う。早く Google に追いつけ追い越せくらいの勢いで対応してもらいたい。 10/11/2009 汽車倶楽部(福岡県直方市)私は大阪府高槻市の生まれであるが、すぐに福岡県直方市に引っ越すこととなり高校卒業までそこで育った。従って私にとっての故郷はほとんど記憶のない高槻ではなく、直方である。つまりは筑豊地方である。 最近になって廃線跡や各種の産業遺構等を訪ね歩くようになり、GNR として浅学っぷりを披露したりしているが、東京在住の一介のしがないサラリーマンにとって、訳あって実家も既にない筑豊は、かつて全国一の産炭地であったことによるさまざまな産業遺構があり、気持ちの上では身近で魅力的な場所であるが、物理的には非常に遠い存在である。 しかし昨年、第一次筑豊・北九州計画と銘打って何とかそれらの現地調査の第一歩を無理やり踏み出してみた。同計画の内容はリンク先を参照して頂くとして、この時 JR 九州筑豊本線直方駅で東筑軒のかしわうどんを調査中に店内でとあるパンフレットを偶然目にした。それが汽車倶楽部である。 その時は時間的余裕もなく、また鉄道模型ショップとしてのイメージが強いパンフレットであったため、『おぉ、直方に鉄道模型店ができたのか!!』というくらいでその後あまり強い印象を持つことなく時が流れた。 そして先日、第二次筑豊・北九州計画(追って内容は別途紹介予定)と題して懲りずにさまざまな産業遺構の現地調査に向かうことになったが、その際この汽車倶楽部のことを思い出し、Web で調べてみると確かに鉄道模型店ではあるが、それだけではないことが判明したのである。同サイトからの説明文を以下に引用する。 汽車倶楽部は、事務局を福岡県直方市に置き、実物の鉄道車両や設備、そして鉄道を支えてきた人たちの記録、また、映像や写真、録音、資料など、鉄道に係わる有形および無形物を鉄道文化財として位置付け、それを後世に継承するために収集、修復、整理、保存し、一般に公開するために活動する人たちの集まり、また、その活動そのものを楽しむ人たちの集まりです。 筑豊地方の歴史を知らない方にとってはただ単に鉄道マニアの集まりと思えるかもしれないが、私はそうではないと感じている。つまり、筑豊地方は北海道と一二を争う我が国最大の産炭地であり、運炭線として首都圏をも凌駕したとも言われるほどの鉄道網が発達していたのである。このような特殊な地域における『鉄道』とはまさに交通の基幹であり、炭坑という『産業』を支える大動脈だったのである。 そのため、私が物心ついた頃には既に現役を退いていた蒸気機関車と共に青春を歩んだ方の多くが筑豊地方を訪れたようである。分かる人には分かる直方機関区等である。その鉄道の世界を文化財と捉え有形無形のものを後世に伝えようとしているのである。往々にして鉄道趣味というと、外部からの印象としてとかく『車両好き』というきらいがあるが、汽車倶楽部ではそうではなく広い範囲で鉄道を捉えている。 まさにこの考え方は私が GNR にて行っている産業遺構めぐりと共感するものがある。以下に示した『筑豊の近代化遺産』(もちろん購入済み)の冒頭にもあるように、かつて筑豊を代表する産業であった炭坑はエネルギー転換政策後急速にその姿を消し、今や存在したことさえ忘れ去られようとしている。 汽車倶楽部ではこのように失われようとしている過去を『鉄道』という切り口で少しでも保存しようとしているのである。先日訪れた時は事前に場所だけ確認して突撃したため、休みであった。しかし、たまたま休日出勤していた方といろいろと話をさせて頂いた。東京から来た旨を話すと、『今日は休みやけど、それやったら話は別ばい』と特別にちょっとしたサプライズまでサービスしてくれた。運営にはかなり苦労も多いようであるが、信念を持って取り組んでいるのがとても伝わってきた。そして別れ際に名刺を頂いたがそこには『汽車倶楽部代表 江口一紀』とあった。 直方近郊に住む方はぜひ汽車倶楽部のサイトをご覧頂き、直方にもこのような組織が存在し地道に意義あることを行っている団体があることを知って欲しいし、お金をかけずに協力することもできるので興味のある方はぜひ参画してみて欲しい。ローカルネタで申し訳ないが、あの子供の頃プールに通った人も多いと思う(私もその一人)が、『直方いこいの村』に保存されている蒸気機関車 D51 も同倶楽部が主催する定期メンテナンスで毎月ボランティアが美しく磨いているのである。 素晴らしい。遠距離在住者である私は『汽車倶楽部会員』に入会しようと思っている。ちなみに私は同倶楽部の関係者等ではない。代表氏とたまたま話をしてその考え方や行動に感動したので勝手に紹介しているだけである。 09/11/2009 訪ねてみたい地図測量史跡最近少々忙しくすっかりブログ更新が滞っていたが、久しぶりにまた面白い本を購入したので紹介したい。 同書は国土地理院に勤める筆者が、地図とは切っても切れない関係である『測量』に関しての史跡を全国津々浦々に渡って紹介しているものである。北は北海道、南は沖縄まで 106 点に及び、さらに『海外・全国編』として 10 点を収録している。 冒頭にもあるが、測量と言う地図の根本をなす極めて重要な世界にもかかわらず関連史跡は比較的少なく、どちらかというと過去の偉人達の墓が多くなりがちだということである。しかし、それ以外の測量や地図に関連するさまざまな史跡を紹介している貴重な書籍である。 なぜこの分野での史跡が少ないかと勝手に考えるに、我々庶民にとっては測量結果である地図は身近であるが、どのようにして測量され地図となっていくのかというのは現代社会においてもなかなか馴染みのないものである。専門の知識と道具を必要とし、さらに『お上』が行う作業は特に昔の時代に於いてはむしろ近づけない世界だったのではないだろうか。 ましてや、地図を製作する国家機関である現在の国土地理院の前身は陸軍である。当時作成された地形図などは『秘』などと書かれ、軍事用の貴重な資料として『お上』が独占していたのである。いかにも役所がやりそうなことである。こんな状態では功績を称える史跡はなかなか作られなかったのも止むを得ないのではないだろうか。 私は GNR なんぞでさまざまな近代化遺産を追いかけているが、その際欠かせない資料が旧版地形図である。もちろん国土地理院が発行しているが、高い!! 高すぎる!! そもそも税金により測量し、その成果である地図を納税者が手に入れるのになんで 1 枚 500 円も取るかと。 しかも、その地図は画像ファイルとして電子化されているものであり、紙にコピー(役所では謄本というローカルルールがある)してもらうのである。個人的にはコピーの人手とか用紙代とかを考えれば早く Web で公開し自由にダウンロードできるようにして欲しい。紙で欲しい人だけが今まで通り購入すればよい。しかも平日 9 時~ 17 時しか購入できないなんて、今時いかがなものかと思う。 さらに言えば、国土変遷アーカイブと称して同院管理の航空写真も公開しているが、解像度の低さには辟易させられる。私のように過去を調べるサラリーマンにとって Web により無償で閲覧可能であることは称賛に値するが、解像度が低すぎて実用性は今一歩と言わざると得ない。 なかなかあり得ないと思うが、もしも国土地理院の偉い人がこれを見てくれるとしたら、自分達の仕事に誇りを持つだけでなく、どうすればその費用を負担している納税者が求めるサービスに応えられるかを真剣に考えて欲しい。 20/10/2009 GNR トップメニュー改良(のつもり)私は GNR というなんちゃってサイトを立ち上げ、大いなるサイト作成素人の恥さらしを実践している。その中では自分なりに勉強を兼ねて改良(のつもり)を随時施している。 現在取り組んでいるのは各ページの最上部に並ぶメニューの作りである。 現在は単純に各ページへのリンクとしてテキストを並べ、それぞれのテキストの間をパイプ(|)で仕切るという極めてシンプルなものとしている。同様の方法でいわゆるパンくずリストも導入している。なぜなら当初はかつて Linux 上でそこそこ愛用していた Lynx のようなテキストブラウザでも見た目が変わらないようにしたいという目標があったからである。 しかし、そもそもサイトが写真を主体にしていること、またアクセスログ解析から今日ではブローバンド回線が普及しテキストブラウザでの閲覧者が存在しないことを考慮し、見直すことにした。つまりは単純なテキストの横並びではなく、どこかで見かけた受け売りだが『メニューも一種のリストである』という考えを採用し改良することにしたのである。 現在サイトの基本的な作りとして、XHTML で文章構造を記述し CSS でデザインを定義すると言う至極まっとうなやり方で作成しているつもりでいるため、これに則って改良する必要がある。ところがその方面の知識に疎い私はここ数日悪戦苦闘を重ね、ようやくほぼ見通しがついた。以下にかなり画質が悪いがその前後の比較を示したい。 ■改良前
■改良後(周囲の枠線はスルーの方向で)
何がちゃうねん? とは言わないで欲しい。一応 XHTML の部分だけ解説する(CSS については恐らく美しくないのでここでは内緒)と、まずメニューは以下のような『リスト』構造に変わっている。構造以外の具体的な記述内容については『ベータ版』ということで深追い禁止である。
余談だが、これがテキストブラウザでどのように表示されるのかは不明だが、恐らくは各リンクが通常の『リスト』として縦に並んでしまい、通常のブラウザとは大きく見た目が異なるのではないだろうか。また、上記の『リスト』化以外の変更点としては以下のとおりである。あまり多くの事を一気に実施すると頭が混乱するので
これにより、比較画像をご覧頂ければ一目瞭然ではあるが、トップメニューの見た目は変えずにパイプ(|)を取り除きながら各テキスト間に適度な余白を挿入することに成功し、また、行間を詰めたことによりページの縦の長さを縮めることにも成功した。 これらの施策を私自身は『改良』と思って実施する予定であり、全ページに手作業での修正に取り掛かるところであるが、『おいおい、こりゃ改悪だろ』という意見があればご教示頂けると幸いである。 『そんなヒマあったらコンテンツ増やせよ』というご意見は既に頂いたものとして捉えさせて頂き、これに対しては全力で取り組む所存であるため温かい目で見守って頂けるとこれまた幸いである。 15/10/2009 北斗の拳素晴らしい動画を発見した。まさに世界平和に貢献し得る力を持っていると確信している。何はともあれ見て欲しい。
元ネタはニコニコ動画であるということで、アカウントをお持ちの方は以下からご覧頂きたい。最高である。 07/10/2009 日本国有鉄道百年写真史廃線跡や旧道及びその他の産業遺構を追いかけている私はプチ資料オタク(かなり鉄道系に偏っているが)でもある。そしてまた最近新たな資料を手に入れた。毎度のごとく東京は神田神保町の鉄道関係の古書が充実しているいつもの古書店を物色中に発見したものである。それが今回取り上げる『日本国有鉄道百年写真史』である。ちょっと注意が必要だが、『百年史』ではない。
これは全部で 10 数巻に及ぶ『日本国有鉄道百年史』から、その名の通り写真を主体にダイジェスト版としてまとめたものである。ダイジェストと言っても 100 年分なので 400 ページを超すなかなかのボリュームである。この本もかねてより存在は知っていたが例によってなかなかのハイスペック価格であったため二の足を踏んでいた。上に紹介しているリンクは 2005 年に出版された復刻版であるが、\21,000 となっている。おいそれと買えない。ちなみにオリジナルは 1972 年の出版である。 では何故入手できたかというと、古書店で復刻版ではなくオリジナルを発見したのだが、発行年がその古書店からすると大した『古書』ではなかったのと、カバーがボロボロであったこと等が原因と思われるが、破格の \2,100 で販売されていたためである。正直目を疑ったが確かに値札にそう書いてあったので店の主人の気が変わらないうちにとそそくさと購入と相なったわけである。 当ブログでもいくつかの古書を紹介してきたが、度々通っているとこのような掘りだし物に当たることもあるのだとつくづく感じた。筆不精なため、まだまだ紹介していない古書(または復刻版)もあるので今後も少しずつでも紹介していきたい。 そして、手に入れた資料も GNR での調査報告書に少しでも生かしていきたい。 06/10/2009 GNR と Google Friend Connect私のメインサイトである GNR に今回新たな機能を追加した。それはコメント機能である。これまで当サイトについて閲覧者からの情報提供の場を用意していなかった。というのも、いわゆる『掲示板』のような類はどの会社のどのサービスを利用すればよいかの判断材料も持っておらず、またスパム対策等の対応も必要となりイマイチ踏み出せなかったのである。 従って、これまでは閲覧者の皆さんからは電子メールか自己紹介ページの Windows Live Messenger の埋め込みフォームを利用するしか管理人である私への情報提供が不可能だったのである。 電子メールの場合は自らのメールアドレスを私に晒すことになるため、どうしても敷居が高い。かと言って Windows Live Messenger フォームも使い慣れていない人からすれば得体の知れないものである。そこで、何かこう SNS ライクな機能を持った Web サービスを利用して掲示板のような仕組みを用意し、気軽に利用できないかと物色を続けていた。 世間は今まさに Web によるコミュニケーション真っ盛りである。私はこの手の類のツールは積極的には利用しないほうであるが、GNR に利用できないかといろいろと物色してみた。 しかし、そもそも見るものが間違えているとも思うがどれもが基本的には日本でいうところの mixi のようなものであり、個々の説明は省くが私が求めるものではなかった(本当は Windows Live Groups が理想であったが)。そんな折、最近になって見つけたのが Google Friend Connect である。実はこのサービスも以下の宣伝文句のように上述のサービス同様 SNS を意識したものである。
この説明だけでは何なので若干補足すると、このサービスにより提供されるガジェットを自サイトに埋め込むことによって SNS の機能を自サイトに取り入れることができるのである。つまりは、コメントや評価、レビュー機能等がパーツを埋め込むだけで自サイトに実装可能となる。例えば、最近ではブログや自サイトで動画を見せたい場合 YouTube のプレーヤーを貼り付けるのがほとんどだと思うが、それと似たようなものである。また、アカウントは Google、Yahoo、Twitter 等のアカウントを既に取得済みであれば、それを利用できるため自サイト側にユーザ認証の仕組みやそもそも独自のユーザーを用意する必要がないのである。つまり、例えば Google のアカウントで私のサイトに『ログイン』してコメントを残す、というようなことが可能となる。 しかも、これらの実装がプログラミング一切不要で実現できるのである。Google Friend Conecct というサービス自体は少々以前より存在していたが、当初は利用するためにはもっと複雑な手順等が必要だったため敬遠していたが、つい最近改良されたのである。 まさにこれは私にとって『渡りに船』であった。ガジェットを貼り付けて利用するため、必要なものだけを利用できるのである。GNR では各調査報告書に対する『コメント』機能さえあればまずは充分と考えていたので、『コメント』のガジェットだけを導入すればよいのである。さりとて、実際に利用するには Google とかのアカウントがいるやん、と思われると思うが、コメントのガジェットに関しては匿名つまりは非ログイン状態でも利用可能なのである。ただし、ほんとに誰だか分からなくなるが。 と言う訳で、早速このサービスを取り入れたみたのである。長々と書いたが全然説明になっていないと思うので、実際にイメージで説明したい。GNR の各調査報告書にもあるが、ここでは冒頭にも紹介した自己紹介ページを例として取りあげたい。 まず最初は以下の画像のようにコメント欄の右上に『ログイン』ボタンが見える。この状態でログインせずにいわゆる『名無し』としてコメントを残すことも可能である。
ここで、ログインボタンをクリックすると以下のような画面が別に立ち上がる。表示されている各サービスのいずれかのアカウントで『ログイン』ができる。既に以前ログインしたため、初めての場合とは少々画面の内容が異なる(参加というリンクがあったような気が)。
私の場合は Google のアカウントでログインした。すると別画面は消え元のページに戻るが以下のようにログインが完了していることが確認できる。この状態で今後このサイトにはログアウトしない限りこの名でコメントを残せるのである。コメントとという概念はブログ等で一般的に実装しているものと変わりない。GNR の場合は各調査報告書巻末にもそれぞれ独立したコメント欄を設置したため、これ以上何もしなくてもそれぞれのページにおいてこの名前で書き込める。
また、書き込まれたコメントや参加してくれたユーザーは同サービスの管理画面で一元管理される。これらの管理者側の機能はまだ使い始めたばかりなので使い勝手等が把握できていないため、追々紹介していきたい。 今回私はこのように『コメント』ガジェットしか利用していないが、他にも評価 / レビューのガジェットや参加者を一覧表示するガジェット(mixi のマイミク一覧のようなもの)、また今後もガジェットは追加で開発されていくようなので、私が理解可能で閲覧者の皆さんにも役に立ちそうなものがあれば今後も取り入れていきたいが、まずは気軽に GNR に心温まるコメントを残して頂けると幸いである。 ただ、Microsoft のサービスをメインで利用している私としては、本当は Windows Live ID でこのようなサービスを提供してくれると嬉しかったが、いいものはそれに拘らず積極的に利用していきたいと思う。でも、頑張ってくれよ。> Microsoft ところで、Google SideWiki もさりげなく導入しているのは秘密である。 01/10/2009 GNR と検索エンジン対策私のメインサイトである GNR はゼロからの手作りである。従って、書かれている HTML(正確には XHTML)は決して美しくない。まさに素人がなせる大いなる恥さらしとも言っていい。 本来ならばこのような『ソース(Source)』は理路整然と書かれ、メンテナンスの面からも可読性を高くするべきであり私もそうしたいが、そのような理想とは程遠い。しかもいっぱしの Web オーサリングツールを利用していながらである。ちなみに、同サイトの構築環境等は同サイト中でサイト環境としてさっくり紹介しているので参考にならないかもしれないが参考にして頂きたい。 こんないい加減な作りのサイトであるが、なぜか検索エンジンとりわけ Google には思ったより受けがよく、いくつかのキーワードで検索するとかなりの上位に表示される。全くもって他サイトの管理人諸氏には恐縮である。 同サイトは廃線跡・古レール・旧道・産業遺構を主な柱とする私のなんちゃって現地調査の記録であるが、このうち『古レール』について Google で検索すると、恐れ多いことに 2 番手につけてしまう。
ちなみに、不動の 1 位にある『古レールのページ』は私にとっては古レール調査に関するバイブルであり、1 位は全くもって正しい結果だと思っている。そして我が GNR は質量共にお話にならないサイトであるにも関わらず、なんと 2 位にランクインしている。その次にある『レールの構築』ページを含む『環境デザインマニアック』も古レールで構築された駅のホーム上屋についてデザインという観点から書籍まで出版されており、参考にさせて頂いているサイトである。 さらに、その次の『古レールのアーチ橋』ページを含む『フカダソフト』も土木学会に情報を提供する等、非常に有益な情報を提供するサイトであり、これまた情報収集によく利用されて頂いている。ところが、最近このサイトのリンク集に私のサイトが載っていることに気が付きさらに恐れ多い気持ちでいっぱいである。 これらのサイトは私のサイトを除き、膨大な情報量と高い正確性を持った有益サイトであり、私のサイトごときが肩を並べるべきではないが、Google ではなぜかこのような検索結果となる。これが、Microsoft の検索エンジンである Bing (旧 Live Search)では、このような結果となる。この時の順位は画像では分かりにくいが 28 位である。
この場合でも、112,000 件中とあるので恐れ多いことにはあまり変わりがない。そこでなぜこのような調子のいい検索結果になるのかと少々考察してみたい。 まず、検索結果で上位に表示されるように対策することを SEO(Search Engine Optimization) とか、SEM(Search Engine Marketing) などと呼ぶが、当然これらの概念は近年検索エンジンの台頭と共に叫ばれ始めたものであり、それ以前より稼働しているサイトではこれらの概念が取り入れられていない可能性が高い。ただ、かく言う私もあまりこれらの概念を把握していない。ざっと思い出してみるとせいぜい以下の点に注意しているくらいである。
どれもプログラミングなんぞ一切できない私にとっても難しいものではない。また近頃はすっかり身近になったブログではこのような対策はさらに多くの項目も含め裏で勝手にやってくれており我々利用者は意識する必要がない。ちなみに、このような対策をまとめたガイドラインも検索エンジンごとに示されているが、参考として Google の場合は以下のリンクより確認できる。 ただ、個人的にはあれこれ難しいことを考えるよりも上に示した最後の項目のように『以下に読み手のためになるか』という気持ちが最も大事ではないかと思う。GNR でそれが実現できているかははなはだ疑問ではあるが、少なくともその気持ちは持っているつもりである。これからも更新頻度はあてにできないが、その気持ちだけは持ち続けたいと思っている。みなさんも自サイトをお持ちであれば、初心に帰りサイトを見つめ直した上で例えば上述のガイドラインを参考に最新の技術をさりげなく取り入れてはどうだろう。 最後にいささか宣伝っぽいかも知れないが、私のサイトが Google の検索結果で栄えある 1 位に輝くキーワードのいくつかを紹介したい(変動している可能性もあるが)。 2 個以上の単語を組み合わせると当然と言えば当然だが 1 位になるものが増える。 ただ、私としてはこれらの結果はあまり気にしていない。所詮は検索エンジン側がおのおの決めたルールに従ってふるいにかけた結果であり、私が気にしてどうにかなるものでもないのである。ただ、検索エンジンが目指しているのは『本当に役に立つサイトの発見』だと思うので、サイトを持つ身としても前述の通りそのようなサイトを目指すための手法の一つとして捉えるようにしている。 でも、私の場合は何よりも情報収集力や文章力を何とかせねば。。。 30/09/2009 蛍の光蛍の光と聞けば我々日本人は『終わりの歌』である。ただし、この曲の由来はスコットランド民謡であり、元々は非常にポップな印象の曲である。なぜこの曲が我が国にこのような涙を誘う哀愁の曲に変化したのか非常に興味深い。 ただ、今回はそのような掘り下げをするわけではない。純粋に以下の動画をご覧頂きたい。ある程度の年齢以上にしか現実味と言うか実感が湧かないかも知れないが私は涙が出そうになった、というか出た。
何気に鉄道の世界を趣味の対象として GNR なんぞで遊んでいる身としては哀愁を感じる『蛍の光』である。いろいろと問題もあった組織ではあるが、『現場』とか『プロ意識』というような単語を思い起こされる面々が印象的である。 17/09/2009 Photosynth以前、Windows Live Wave 3 という記事をアップしたが、その中で最後に軽く触れた Photosynth という技術を改めて紹介したい。 これは、デジタルカメラで一部分が重なるように撮影した複数の二次元画像から被写体の三次元構造を解析し、疑似的に立体画像を作り上げるものである。 似て非なる技術としてパノラマ写真の合成がある。これも一部が重なるように撮影した画像をつないでくれるものであるが、これはあくまでも二次元画像のままであり、どちらかというと複数の画像をシームレスに接続させるだけというニュアンスが強い。 ところが Photosynth では、あくまでも画像の中の三次元構造を点の集合として読み取り、三次元として合成するのである。私のつたないボキャブラリーでは余計に分かりにくいと思うので、一見は百問に如かずということで、以下の画像をご覧頂きたい。
この被写体は静岡県伊豆の国市韮山にある国指定史跡かつ近代化産業遺産でもある『韮山反射炉』である。江戸時代末期に完成した製鉄用の炉である。反射炉として完全な形で残る我が国唯一の大変貴重な産業遺構である。ちなみに、ここで作られた大砲が東京は品川沖に据えられ東京湾の防衛に供されたのである。そしてそこは現在そのまま『お台場』と呼ばれている。 Photosynth に話題を戻そう。 上の画像で被写体の中心付近に白い弧を描いた矢印(← →)が見えるだろうか。また、写真自体も複数が背後に折り重なっているようになっている。実はこの状態で画像の上でマウスでドラッグすると、被写体も回転し三次元の立体映像のように見えるのである。 以下のリンク先でぜひ実際に試してみて欲しい(要 Silverlight プラグイン)。表示されるページ内の GNR となっているところをクリックすると私がアップした写真の一覧が見れるのであわせてご覧頂きたい。 Photosynth - Nirayama Reverberator 合成後の各画像にはタイトルや説明、さらにはオンライン地図(Bing Maps)を利用して位置情報いわゆるジオタグも登録可能であり、他の画像を地図から探したりもできる。上のリンク先の右下にある地球儀のようなアイコンをクリックすると地図上で位置が確認できる。 また、この Photosynth の画像はブログや自サイトへの埋め込みが可能であり、その場でマウスでぐりぐり可能である。従って、いずれはメインサイトである GNR 内でどんどん使っていきたいと考えている。埋め込めるんだったらここにも埋め込めよ、自分で突っ込むが当ブログでは埋め込み不可なのである。両方ともに Microsoft なのに。なんでやねん > Microsoft なお、この Photosynth サービスは Windows Live ID (無償)が必要になるが、サービス自体も無償で 30GB までの写真格納容量を持つため、ぜひ使ってみてはいかがだろう。パノラマとは全く異なる写真の世界を楽しんで欲しい。 この素晴らしいサービスは残念ながら英語なので、少々古い記事であるが簡単な日本語の解説サイトを以下に紹介しておきたい。 08/09/2009 日本列島地図の旅最近買った本の紹介である。地図をちゃんと読めないが、GNR などと地図を使って少々遊んでいる身としては読み物として非常に面白い本である。 上のリンクは Amazon を利用しているが、何故かご覧の通りサムネイル画像があったりなかったりバラバラである。大体商品ページがあるのに画像がないというのは私には理解ができない。素直に『なんでやねん』と言っておきたい。 愚痴はさておき、同シリーズはなんと上記の他にも『続々』まで出版されており、人気のようである。内容としては作者が訪れた全国のさまざまな場所について主に新旧の地形図を紹介しながら地勢や簡単な歴史や筆者ならではのその土地に関する想いを綴っているものである。 よく地図を掲載する書籍では肝心の地図が小さくて、せっかくの地図が意味を成さない場合も散見されるが、本書では場合によっては見開き 2 ページの全面ふちなしで地図を掲載しており、それらの地図を眺めるだけでも新たな発見があって楽しい。 一冊 \2,500 の大枚をはたいて上記 2 冊を買ったのは上のほうは地図の読み方のうんちくがわかりやすく、そして面白く解説されていたのが第一。それから『続』のほうは GNR でも以下の調査報告書などで紹介している北海道の鉄道による狩勝峠越えに関することが取りあげられていたからである。 この報告書より後に以下のような現地調査をして再度自転車で旧線跡の狩勝峠を訪れたが、その時の様子はいずれ調査報告書として公開していきたい。とは言っても遅筆であるためいつになるやら、という状況なので国道 38 号線の狩勝峠からみた根室本線旧線跡を見下ろす雄大な眺めをパノラマでお楽しみ頂きたい。かつてこの風景のど真ん中を機関士の必死の運転により蒸気機関車が喘ぎ喘ぎ峠を越えていたのである。自転車でもその 25‰の勾配は膝まで雪が残っていたこともあるが、なかなかしんどいものがあった。その旧線跡がお分かりになるだろうか(クリックで大きな画像を保存したフォトアルバムに移動)。 なお、このパノラマ写真は Microsoft Image Composite Editor で作成した。このツールを使っている日本人はそうはいないと自負しているが。
24/08/2009 1/50,000 旧版地形図『クッタラウシ』(明治 29 年製版)当ブログやメインサイト GNR でもしばしば登場する国土地理院発行の旧版地形図であるが、日頃少しずつ買い漁っているものの一体合計で所有しているのかを数えてみたところ 139 枚であった。ケアレスミスによる若干の重複があるが、それにしても我ながらよくぞ集めたものである。なぜ『よくぞ』かというと、そもそもお役所なので平日 9:00 – 17:00 しか購入できないことと、1 枚 \500 という私にとってはバカにならないものだからである。 つまり、サラリーマンの貴重な平日の休みのうちのいくらかをお役所通いに費やし、さらには現時点で \69,500 をつぎ込んでいるのである。しかし、廃線跡や旧道等の調査には必要不可欠であるため、今後も私なりに惜しみない投資を続けるつもりである。 これら私が購入した旧版地形図のうち、最も衝撃を受けた一枚をご紹介したい。それは、現在北海道上川郡新得町と呼ばれている地域のものである。入手の目的は以下の現地調査に伴う机上調査用である。 これらの現地調査の中で特に JR 根室本線旧線【落合~新得】のいわゆる狩勝峠越えについて、実は GNR にて以下の調査報告書を公開済みであるが、机上調査をさらに進めるために帰宅後旧版地形図を買い足したのである(現地に行く前にそうすべきであるが)。 さらに言えば新得町には北海道拓殖鉄道や川西鉄道などの現存しない路線もあり、これらは現地調査としては宿題としているため机上調査を行っているところである。 私はこれまで 1/25,000 もしくはそれ以上詳細な地形図ばかり購入していたが、1/50,000 のほうが先に全国統一で作成されたこともあって、最近は 1/50,000 の旧版地形図も購入するようになった。この中で新得町が含まれる図名もそのまま『新得』の大正時代発行のもの等を購入したが、国土地理院で発行された最も古いものは明治 29 年製版のものであったため、これもあわせて購入した。当時の図名は『クッタラウシ』である。 『クッタラウシ』とは同町の前身である屈足(くったり)の由来となったアイヌの地名であり、同地域は明治 32 年山形県からの入植者により開拓が始まったとのことである。つまり、私が購入した最も古い旧版地形図はこの入植前の状態を示していることとなる。残念ながら当ブログでは埋め込めないため、リンク先にてご覧頂きたい。右側が明治 29 年、左側が大正 11 年発行のものである。 いかがだろうか。明治時代の測量技術と大正時代のそれとの差もあるため、同じ 1/50,000 でも随分印象が異なる。しかし、私が最も驚いたのはこの地形図の中に町はおろか、道一本描かれていない。すなわち全て原野である。入植前なので当然ではあるが。しかも、ここで紹介しているのは我が家の A4 スキャナーでスキャンした部分のみであるが、実際には地形図全体に渡って原野のみなのである。しかも右書きでカタカナなので川の名前等が非常に読み辛い。 しかし、この二つの地形図からも分かるように明治 32 年の入植以来わずか 20 年ほどですっかり町が形成されており、鉄道(根室本線)も敷かれているのである。なお、新得駅は明治 40 年開業である。ちなみに、現在は以下のような様相である。
冒頭で述べたように新得町には廃止となった鉄道がいくつかあり、私もその調査のために同町周辺の地形図は相当数購入した。地図は見ているだけでも様々な発見があり、またある種の芸術作品のようでもある。まだまだ調査というよりはついつい眺めて楽しんでしまっていることが多いが、これからも当ブログや GNR でも地形図を用いた情報提供を少しずつ充実させていきたい。 18/08/2009 鉄道碑めぐりここしばらく当ブログの更新を怠けていたが、その間にまた新たな本を手に入れた。今回は以前紹介した日本の鉄道碑と非常に関係がある本である。その名も『鉄道碑めぐり』である。
この本は『日本の鉄道碑』の著者が述べているとおり、まさに鉄道碑についてまとめられた草分け的な存在であり、『日本の鉄道碑』はその補遺的なものと位置づけられる。しかし、この『鉄道碑めぐり』は上のリンクにもある通り1962 (昭和 37) 年発行という古書であり、一般の書店や Amazon では入手が難しい代物である。 いつかどこかで入手できたらいいなぁ、などとのほほんと思っていたが東京は神田神保町の古書街を訪れた際に発掘した。この本を探しに行ったわけではなく一通り古書店の本棚を凝視していた時に偶然見つけたのである。というより私の場合、古書は概ねそのようなスタイルで発見、入手している。 一般に鉄道碑というとどのような印象を持たれるのか分からないが、私の場合は開通記念の類と殉職の類が真っ先に浮かぶ。この『鉄道碑めぐり』でも殉職碑や慰霊碑に重点が置かれているようである。著者も述べているが、このような類の碑は往々にして時の経過とともに世間から忘れられ、草むらに没し、訪れる人もいなくなる場合も少なくない。 同書ではこのような碑を訪ね記録し、不幸にして犠牲となった方たちへの弔いとしたいとある。私も個人的に GNR なんぞで鉄道関連(だけではないが)のさまざまな場所を調査に訪れるが、このような石碑を偶然目にすることもある。私のように鉄道構造物に興味を持っていると、隧道(トンネル)の付近や駅付近に石碑に気が付くのである。しかし、そこに書かれた文字が達筆過ぎて私のような浅学者では何を示す碑なのか分からない場合もある。従って、このような本は私にとっては現地を訪れる前の予習や偶然見つけた碑の復習(把握)に大いに役立つものである。 鉄道における殉職碑には大きく路線そのものや構造物の工事中の事故及び列車運行中の事故が考えられるが、前者については先に述べたように例えば隧道建設工事であれば、坑門付近等にある場合が多いと思われるし、後者の場合は事故現場や付近の寺社等にある場合が多いようである。また、後者については碑の存在によって事故を知るというアプローチと以前紹介した重大運転事故記録・資料という本より事故そのものの記録からのアプローチがある。しかし、前者の場合は包括的にまとめた史料はなかなか存在せず、各工事の建設誌等を探らなければならない。 これまで、私のメインサイトである GNR においてあまり碑に着目してはいなかったが、これからはもう少しこれらの碑にも目を向けていきたい。 24/07/2009 諏訪鉄山と鉄山鉄道(再掲)以前『諏訪鉄山と鉄山鉄道 - Windows Live』という記事を書いたが、その後『GNR- 第四次山梨・長野計画』と題してその他の対象も含め現地調査を行った。この諏訪鉄山の概略については以前の記事を参照願いたいが、太平洋戦争終結まで鉄の増産という国策によって運営されたこの鉱山が存在した茅野市ではその歴史に注目が集まっている。 茅野市八ヶ岳総合博物館では 2009/07/18 ~ 2009/10/04 で企画展『諏訪鉄山』が開催されている。諏訪鉄山について調査を行っている私としては、この催しを知ってしまったため訪れないわけにはいかないということで、早速見学に訪れた。それは『GNR - 第一次長野・岐阜計画』(※整理中のため後日公開予定)と題打って行った現地調査の一環としてである。 ここではその内容を細かくは紹介しないが、かつて採掘拠点より 10km 以上にわたって架けられた索道に取り付けられ、鉱石を運搬した『ハンキ』と呼ばれたバケットの現物も展示され、個人的には見応えのあるものであった。そのハンキとはこのようなものである。個人的には『搬器』が由来と考えている。
このハンキ 1 台で 0.5t の鉱石を運搬したのである。その後タイトルにあるように鉄道で現在の JR 東日本中央本線茅野駅を経由し京浜工業地帯まで運ばれ鉄として精製されたのである。 ちなみに、この企画展の見学は入場無料なので諏訪鉄山について興味のある方は是非ご覧頂きたい。そしてぜひ、わずかに残る諏訪鉄山の痕跡を現地で見て欲しいと思う。現在この企画展に合わせて主な遺構には案内板も設置されている。その代表例として戦前最大の採掘地であった『石遊場(いしやすば)』に残るホッパーの遺構を紹介したい。当時は『万石(まんごく)』と呼ばれていた。
また、冒頭で紹介した過去のブログ記事の中で触れた書籍『諏訪鉄山』についても改訂版(第四版)が出版されていることをこの企画展で知った。さらには八ヶ岳総合博物館で販売もされていたので早速購入した。
この書籍は新たに入手された情報が追記され今後の改定も期待できる非常に有益な資料である。こちらもぜひあわせてご覧頂きたい。これらの書籍での情報や現地調査の結果は取りまとめた上で GNR にて紹介するつもりであるが、例によって遅筆であるため気長にお待ち頂きたい。 しかし、本記事のジャンルは本当に『本』でいいのだろうか。ジャンルの再整理及び細分化が必要かも知れない。。。 05/07/2009 古レールの駅デザイン図鑑私のメインサイトである GNR において最近はもっぱら古レールの再利用による鉄道構造物めぐりを調査報告書として公開しているが、なかなかまとまった休みが取れないサラリーマンにとって駅のホーム上屋を代表としてよく見かける古レールの探訪は、気軽に楽しめる上に生きた産業考古学のような知的な好奇心をそそる宝探しのようなものでもあり非常に楽しい。 なお、古レール以外のジャンルの調査報告書は現地調査にはあちこち行っているものの、ただ単に私の遅筆により公開が遅れているだけでもある。 ところで、『古レール』で何が楽しいのだと思われる方もおられると思うが、実はこの古レールは我が国に鉄道が初めて導入された明治 5 年より現在まである意味現役として脈々と続く息の長い工業製品なのである。 かつて鉄は非常に高価で貴重なものであり、また現在のような汎用性の高い型鋼も登場していなかったため、摩耗して線路として使えなくなったレールは現在の H 型鋼に断面特性も近いこともあり、古くから構造部材として盛んに再利用されてきたのである。 冒頭にも書いたように代表的なのは駅のホーム上屋を支える柱や梁として、また跨線橋や人道橋さらには道路橋にまでその範囲は広がっており、その気になって見なければ気が付かないような細かいところに使われていたりもするのである。 そのような古レール構造物のうち最もメジャーとも言えるホーム上屋について取りあげた書籍がついに登場した。それが『古レールの駅デザイン図鑑』である。 早速本屋でまずは立ち読みをさせて頂いたが、美しい写真とともに古レールの架構を形状ごとに分類し、それぞれについていくつかの駅で実例を取りあげておりなるほどまさに『図鑑』である。また、現在は既に撤去され存在しないものも紹介されており貴重な資料でもある。 というのも、画像すらキーワードで検索できるようになった今日でも鉄道それもとりわけ駅についての写真は当然駅舎に比重が置かれ、また鉄道車両にも押され、ホーム上屋等はなかなかお目にかかれない。つまり、どこの駅に古レールが使われているかは先達の公開情報か、現地での確認となり意外に情報収集に手間ヒマがかかるのである。 個人的には 第一次筑豊・北九州計画 - Windows Live として、自分の故郷の駅に古レールが使われていたのを現地で改めて知って感激したが、その駅(JR 九州筑豊本線直方駅)も紹介されていたのが非常に嬉しく感じた。 また機会を作ってもう一度中身を見て購入を考えたいと思っているが、いつかは GNR も図鑑と言えるくらいの物量を達成したいとも思っている。なお、当ブログの右側の『ブログリスト』にも載せさせて頂いている『我が人生の垢』では関西を中心に既にその域に達していると言える古レールの紹介記事量があるのでぜひご覧頂きたい。 01/07/2009 私鉄の廃線跡を歩く当ブログの左側の『ブックリスト』にも掲載しているが宮脇俊三氏編集の『鉄道廃線跡を歩く』シリーズ(全 10 巻)がその筋ではバイブルとも言えるほど非常に有名であるが(ちなみに私は全 10 巻全て購入した)、残念なことに同書は第 10 巻を以て完結ということで続編がない。またさらに残念なことに宮脇氏も既に故人となった。 全国津々浦々に張り巡らされた我が国の鉄道網において、残念ながら廃止となって過去帳入りとなった路線は数多く、私も GNR で実践しているように近頃の鉄道趣味のメジャー化と共に廃線跡を訪ねる者も多いようであるが、まとまって廃線跡を紹介している書籍は『鉄道廃線跡を歩く』シリーズの他にはなかなかないのが実情と言えよう。 そんな中、同書の補遺的な位置づけとも言えるようなものが『私鉄の廃線跡を歩く』シリーズである。
同書は全 4 巻構成となっており、以下のように地域により分類されている。
ご想像通り取りあげられる各廃線は手短に纏められており、『鉄道廃線跡を歩く』シリーズよりは少々あっさりとした仕上がりであるが、私鉄に特化して全国広く浅く取りあげている点と、『鉄道廃線跡を歩く』シリーズの後の比較的最近の情報を補完すると言う意味でも有益な書籍である。 北海道からシリーズがスタートしていることと、過去に北海道について以下のような現地調査を実施した私としては、とりあえず上で紹介している第 1 巻を先日購入した。
とりあえずこの第 1 巻で特に重要視しているのは北海道拓殖鉄道である。第一次及び第二次北海道計画において新得は訪れたが同鉄道についての現地調査はまたの機会に譲ったため、事前の机上調査としては現役時代の写真等もあり非常にありがたい。 いずれは全 4 巻とも購入し、少しずつ制覇していきたい。 26/06/2009 いわてデジタルマップ私のメインサイトである GNR において、さまざまな近代化遺産や産業遺構や廃線跡等を訪れているが、岩手県三陸地方にも過去二回に渡って現地調査を行った。 この地方には歴史ある多くの建造物や旧道や鉄道がてんこ盛りであり、いくら時間があっても足りないくらいこの目で見たい対象にあふれているが、GNR においてもこれらのうち若干の箇所について調査報告書として公開済みであるので興味のある方は覗いてみて欲しい。 ところが、これら現地調査に行ったはいいが『あの橋の名前なんやろ?』とか、『この写真の正確な場所が特定できん』とかいろいろと落ち度も多く、なかなか調査報告書の執筆が進まない。大したことはそもそも書けないが、できればただ単に『見てきました』にひとひねりでもふたひねりでも情報を付加したいと思っているため、また構造物好きとしては構造物の名前の確認漏れなんぞ大失態この上ないことである。 そんな中、いわてデジタルマップというものを発見した。これは近年少しずつ整備されている各地方自治体による Web で参照可能なオンライン地図の岩手県版である。オンライン地図なら Google Maps とか、私の愛用している Bing Maps とかもあるが、これはあくまでも道路地図及び比較的人口のある地域についての航空写真である。ところが、自治体が整備するオンライン地図は一味違うのである。このいわてデジタルマップの場合、地図上に例えば以下のような付加情報を表示できるのである。
このような情報が合計 23 種類もあるのである。さらに、マイマップと称してそれこそ Google や Bing のように自分で地図上に点、線、多角形を記述し保存できる。これの実現のためにはアカウント申請を行い、ログインする必要がある。私は既にアカウントを申請し、数日前にアカウント情報が送られてきたところである。 Google や Bing のような最先端の Web サービスとしてのオンライン地図に比べ使い勝手が業務アプリケーションのようだったり、最新のブラウザへの対応がイマイチだったりと弱いところもあるが情報としての重要度はピカイチである。何といってもある意味オフィシャルな地図が自宅で閲覧可能なのだから。 例えば、以前 GNR にて公開した GNR - 国道 106 号線【簗川ダム建設予定地】の 地点を表示させると以下のようになる。また、この画像をクリックすると実際にブラウザで地図を表示できるのでぜひ試してみて欲しい。なお、左側の『主題』を『住宅地図(カラー)』に切り替え、レイヤを全て表示させるのをお忘れなく。 簗川ダム建設予定地は画面中央より右側の道路が右斜め上にほぼ 45° となっている直線区間のほぼ中央であるが、その西側に道路が二本に分かれている部分の上側の道路が国道 106 号線の旧道区間であり自動車の通行は不可能である。この旧道区間は屈曲した閉伊川に橋を架けなくて済むような線形であったのを二つの橋を架け直線化改良したため発生したが、その橋の名前もきっちり『天竜橋』及び『上天竜橋』と表示されている(上の画像では小さくて見にくいが川の上の道路部分に書かれた文字がそれである)。 実際現地では比較的交通量の多い国道 106 号線でこのあたりは人家の少ないため、歩道がまともにない。そのような状況で橋の欄干の銘板をくまなく観察し橋の名前を確認するのは少々手間のかかる作業ではある。従って、このように住宅地図レベル表示ができしかも、各種情報が盛り込まれたオンライン地図はとても重宝する。 このような自治体が提供しているオンライン地図は徐々に増えてきていると思うので他のエリアに関しても見つけていきたいと思っているが、もしご存知の方は情報を頂けると幸いである。 17/06/2009 1/10,000 旧版地形図『四谷』(明治 43 年 3 月 30 日発行)最近とみに更新頻度のしょっぱい当ブログであるが、久しぶりに旧版地形図の紹介である。例によって少しずつ国土地理院に通って買い集めているが、今回は明治末期の千駄ヶ谷駅周辺を取り上げたい。何はともあれ地図をご覧いただきたい。ズームや移動も可能である。残念ながら当ブログには埋め込みが不可能であるため、以下のリンクよりご覧頂きたい。 私のメインサイトである GNR をご存じの方ならおよそ想像がつく通り、廃線跡が主題である。 千駄ヶ谷駅は甲武鉄道の途中駅として 1904 (明治 37) 年 8 月 21 日に開業している実は歴史の長い駅である。現在明治神宮外苑となっている場所は 1886 (明治 19) 年に開設された青山練兵場という軍事施設であった。そしてこの時代の主な物資輸送手段である鉄道が引き込まれたのである。 甲武鉄道の新宿~牛込(現飯田橋付近)の路線開通は 1894 (明治 27) 年 10 月であるため、千駄ヶ谷駅は路線開業の 10 年後に設置されたことになる。そして、この青山練兵場への引き込み線には千駄ヶ谷駅開業以前に軍事用の停車場が存在していたことになる。その名はそのまんま青山軍用停車場と呼ばれているが、これが正式名称なのか後年つけられた通称なのかは未確認である。 また、例によって軍事最優先であった(今もか?!)ため、甲武鉄道の路線選定にはこの青山練兵場に便利なように旧陸軍より要請があったようである。つまり、後からできた鉄道を青山練兵場に引き寄せたのである。いやはや、どんだけ偉いのかと。 上の旧版地形図では同停車場名の記載はないが、甲武鉄道(現中央本線・総武緩行線)の路線の南側にある引込線の終点の少し手前にプラットホームとおぼしきものが描かれている。ここが恐らく青山軍用停車場だったのではないだろうか。 また、青山練兵場と甲武鉄道の線路を挟んだ北側の軍事施設群とを結ぶ三本の跨線橋が確認できるが、現在これらのうち二本は現存しないが、唯一一本が『大番町跨線橋』として現存する。下の地図をご覧頂きたい。右にちらりと見えているのは信濃町駅である。
現在の地割りから推測するとかつての三本の跨線橋のうち中央のものが現存しているようである。現存する跨線橋の構造物そのものがいつの建造かも含めてこの引込線跡を訪ねてみたい。と言っても地図で見る通り首都高によって見る影もないとは思われるが。 このように旧版地形図は現在からは想像もつかない過去の風景を伝えてくれる貴重なスナップショットである。今回の件についても机上調査及び現地調査実施後 GNR での報告を長い目で期待して頂けると幸いである。 02/06/2009 1839 峰このタイトルだけで分かる方には全く無駄な記事であり『あなたの知らない世界』で無くなってしまうが、私にとってはつい数日前まで知らない世界であった。 私はメインサイトである GNR に関連して近代化遺産というか産業遺産というかそのようなものを少しずつ訪れ、なんちゃって報告書として落書きを Web の世界に晒しているが、現地探索の記録の一部を地図サイトの機能を使って記録している。 少々前置きが長いかも知れないがご容赦を。 私の場合 Microsoft Live Search Maps というオンライン地図サイトを使用し、同サイトの『コレクション』という機能を用いて要は地図に『押しピン』や『線』を書き込み保存しちょっとしたメモを添え、記録しているのである。同様のサービスは Google Maps にももちろんあるので興味のある方は好みに応じて覗いてみて欲しい。 ちなみに、Microsoft の同サービスはおととい 2009/06/01 よりブランドを一新し Bing Maps というちょっと理解に苦しむしっくり来ない名称に変わってしまった。どうやら日本語で言うところの『ぐぐる』のように動詞として世間に浸透しそうなネーミングに変えたそうである。『びんぐる』?! どうかなぁ。。。 ちなみに、Bing Maps への移行に伴い、私のいくつかの『コレクション』の一部の日本語データが文字化けしてしまった。どんなテストやってんだ ? > Microsoft。私は比較的熱心な Microsoft ユーザーだし、めげずに使い続けるがマルチバイト言語圏を見くびってもらっては困る。都合のいいきれいな言葉を並べて、頼みもせんのに勝手にいじくって尚且つ勝手に私のデータも一部とはいえパーにせんでもらいたい。本田宗一郎に言わせれば、『自分だけの都合でものを言わんでもらいたい』ということである。今回の移行で同様の経験をした方は私以外にもいらっしゃるだろうか。 それはさておき、先日はもう三年前に訪れた北海道での現地探索の記録を GNR - 第一次北海道計画などと勝手に命名し整理していた時、『それ』に気づいた。そう、『1839 峰』である。下の画像をご覧いただきたい。なお、この画像をクリックすると『びんぐる』(ちょっと違うか)ことが可能であるのでお試し頂きたい。 赤い押しピンの少々南にあるのが確認頂けるだろうか。そう、山の名前なのである。一番南にあるのは『襟裳岬』であり、いわゆる北海道の背骨である十勝山脈の真っただ中である。正直最初に気が付いた時には目を疑った。ご覧の通りこれくらい広い範囲の小縮尺での地図表示の際には主な山の名前しか表示されないため、数字が表示されることは想定していなかったからである。 ほんとにそんな名前はアリなのかとも思えるが、同峰は 1842m の標高を誇り、数多くのブログ等でも取りあげられる有名な山のようである。と、ちょっと待て。名前は『1839 峰』で標高は 1842m ってどういうことか。どうやら、察しの通り当初は標高が基づきそう名づけられたようだが再測定した結果少々名前とは異なる数字が出たというのが真相のようである。 ところで、この名前は読み方は知らない人には全く想像がつかないであろう。私も当然そうであった。 『いっぱさんきゅうほう』 もう、天晴れである。日本人ならでは発音しやすい読みそのままである。私は山に関しては門外漢であるため、これ以上の情報は持ち合わせていないが地図にはまだまだ気が付かない発見がてんこ盛りあるはずで、眺めるだけでも楽しい。 皆さんもぜひ子供の頃『エロマンガ島』とか、『スケベニンゲン』とかを見つけては嬉々としていた懐かしい思いをハイテクの最新地図でよみがえらせてはいかがだろう(これもちょっと違うか)。 |
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